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沙織たちが教室へ戻ると、大半の生徒はもう席に着いていた。
今日は座学の授業だけなので、セオドアとオリヴァーも、教科書など授業の準備をしている所だった。
ほんの一瞬、沙織とオリヴァーの目が合った気がしたのだが、直ぐに逸らされた。
(……今、こっちを見ていた? 気のせい?)
少し引っ掛かりつつも、貰ったばかりの新しい教科書を準備し終わったタイミングで授業が始まった。
午前中の授業では、今まで高校で勉強してきたことが全く役に立たず、この世界の歴史やら地理、魔法や魔術について知らない事だらけだった。数学の計算とかは然程変わらなかったが。
科学が無いこの世界は、根本的なところが色々と違っていた。多少焦りはしたが、好奇心旺盛な性格の沙織は、知らない世界を学べる座学に、とても興味が湧いた。
――ただ、語学に至っては別だった。
最初に書類を読めた時にも思ったが、転移した時に勝手に付与されたチート能力なのだろう。この世界の文字は、古語までも全て理解できた。
幸い、午後の授業はその語学だったので、『優秀な編入生』と周りの生徒に認められたみたいだった。
(あー、この能力は保持したまま日本へ帰りたいわ。完全にズルだけど……)
そんな事を考えながら、帰り支度をしていた時だった。沙織は思わず手を止めた。
(――また視線?)
今回は、気のせいではない。誰かに見られている感じがして、周りを見渡した。
その視線の主は、やはり攻略対象のマッチョなオリヴァーからだった。
完全に目が合ってしまったので、取り敢えずニコッと微笑んでみた。
オリヴァーは、自分に微笑まれたとは思わなかったのか、キョロキョロと周りを見る。
(……いや、あなたからこっち見てたよね? しかも、オリヴァーの周囲に人は居ないじゃない……)
ようやく自分に微笑んでいたのだと気づいたらしい。なぜか、沙織に向かってやって来る。
(……えっ? なんでこっちに来るの? 別に呼んだわけでは……)
カリーヌの横を通る時、オリヴァーはカリーヌに向けて心なしか申し訳なさそうな表情をした。
もしかしたら、断罪のことを悔いているのかもしれない。
(それなら、オリヴァーは――)
何事かと心配そうにするカリーヌと、何かを期待しているようなイネスがこちらを見ている。
「サオリ嬢、少しよろしいですか?」
「……はい」
「俺は、オリヴァー・シモンズです。どうぞよろしく!」
豪快な挨拶で、ニカッと白い歯を見せた。近くで見ると、ただのマッチョというよりも容貌魁偉だ。やはり、攻略対象なだけある。
「サオリ・アーレンハイムです。この学園について、まだ知らない事ばかりなので……色々と教えてくださいね」
イケメンに負けじとニッコリ微笑む。
「もちろんです! 任せてください!」
そう言うと、オリヴァーはジッと沙織を凝視する。
「サオリ嬢。俺と、どこがで会ったことありませんか?」
(う、うそっ! もうバレた!? オリヴァーは、あの時に会ったのを覚えている? ……どうにか誤魔化さないとっ)
焦りを勘付かれないように、気持ちを落ち着かせて答えた。
「いいえ。オリヴァー様とは、今日初めてお会いしたかと。私、こちらの国に来たのは、数日前が初めてでして」
(断罪の日にですが……)
「あー、それだと俺の勘違いですね! なぜか、サオリ嬢と会ったことがある気がしたんです。俺はまだ国外に行ったことがないので、会う筈ないですよね。変なことを聞いて申し訳ない!」
オリヴァーは頭をガシガシ掻いた。
「私も……一度でも、オリヴァー様のように、男らしい殿方にお会いしたら忘れないと思いますので。きっと勘違いですね! よくある事です。どうか、お気になさらないでください」
勘違いだと、しっかり念を押しておく。
オリヴァーは少し照れ臭そうにすると「また明日!」と爽やかに去って行った。
オリヴァーがあのお菓子を食べたのか。これから先、カリーヌに害を成さないか。それを調べる前に、こちらの正体がバレたら意味が無い。
心配そうに見守っていたカリーヌがやって来たので、さっさと帰ることにする。イネスは委員会があるらしく、廊下で別れた。
途中で合流したミシェルに、小声でオリヴァーの件を伝えておく。
「彼のように脳みそまで筋肉の人間は、やたら勘が鋭いのです。呉々もお気をつけくださいね」
(脳みそまで筋肉……。ミシェルって毒舌……)
「ええ、気を付けるわ!」
一通り話し終えたところで、男子寮が見えてきた。
「「ではミシェル、また明日」」
「カリーヌ姉様、サオリ姉様、また明日」
そこで、沙織たちはミシェルと別れた。
◇◇◇
ミシェルは男子寮へ向かった……振りをして、踵を返し学園へと戻って行った。そのままミシェルは、三年の教室に向かう。
教室には、オリヴァーとセオドアがまだ残っていた。どうやら、オリヴァーはセオドアの委員会が終わるのを待っていたらしい。
「さっき、サオリ嬢に声をかけた。それで、俺と会ったことがあるか聞いたんだ」
「は……お前っ!?」
「でもさ、やっぱり俺の勘違いだったみたいだ!」
「全く……。だから僕もそうだと言っただろ」
「ああ。でも、聞いてスッキリしたよ。しかもサオリ嬢、俺のこと男らしいって言ってくれたし。可愛いよな!」
「……………ハァァ。お前という奴は……」
扉に隠れて話を聞いていたミシェルは、今度こそ男子寮へ帰って行った。
「……脳筋め」と、毒を吐きながら。