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体は熱を持っていた。けれど、それが欲望から来るものか、恐怖か、あるいはただの抵抗反応なのか──遥にはもう、わからなかった。
「ちゃんと、感じてるじゃん」
蓮司の声が低く、耳をなぞる。
喉の奥にうまく呑み込めなかった何かが、呼吸と一緒に震えた。
「……そう見えるなら、よかったな」
遥はそう言葉にしてみた。
吐くように。
それ以上でも、それ以下でもなく。
ただ、ここにいるために。
蓮司に触れられるたび、皮膚の裏側がざわつく。
そこに快楽がないわけじゃない。
けれど、“それを感じてしまう自分”への嫌悪のほうが、何倍も濃かった。
──「誰にでも抱かれるんだね」
誰かの声が、過去から這い上がってくる。
玲央菜。晃司。沙耶香。颯馬。教師。級友。
誰の声かは、もういちいち区別がつかない。
“穢れてる”と、“軽い”と、“誘ってる”と、“望んでるんだろ”と、
言われてきたこと、見られてきた目、擦り込まれてきた認識。
──「違う。違うのに」
遥は心の奥で何度もそう呟いた。
けれど、いつしか「違う」の中身がぼやけてきた。
違うと思いながら、触れられるのを許している自分。
違うと思いながら、身体が反応してしまうこと。
違うと思いながら、「これで守れるなら」と思ってしまう矛盾。
日下部を思い出す。
あの目。あの手。
触れようとしてくる。踏み込もうとしてくる。
でも──
“優しさが、いちばんこわい”
欲しかった。
でも、それを手にしたら壊れてしまうと、わかっていた。
日下部が遥を抱けば、それは遥にとって“汚染”になる。
そして彼が傷つけば、「自分のせいだ」と思ってしまう。
蓮司は、違った。
最初から、壊すためにいる。
最初から、嘲笑と支配の手で遥に触れてくる。
だから、わかりやすかった。
だから、まだ、耐えられた。
けれど。
――限界が、来ていた。
もう、「ここにいれば守れる」なんて思えない。
もう、「差し出せば終わる」なんて信じられない。
今、自分が差し出しているのは、ただの“人形の皮”でしかない。
そこには、心がない。
蓮司の手が触れているのは、皮膚のかたまりでしかない。
遥という存在は、今ここにいない。
でも、それがわかるのは、自分だけだ。
蓮司は楽しそうに笑った。
「ねえ遥、日下部が、おまえ見て笑ってたって言ったら、どうする?」
遥は何も返さなかった。
震えも、涙も、怒りも、なかった。
ただ、唇がわずかに開いて、静かにこう落ちた。
「……やめて。壊さないで」
その言葉が、どこに向けられたものか、自分でもわからなかった。
蓮司に対してか。
日下部に対してか。
それとも、今まさに崩れ落ちそうな“自分自身”にか。
──「これ以上、崩れたら戻れない」
心の奥で、声がした。
次の一言、次の動作。
ほんのわずかな“なにか”で、遥の心はきっと壊れる。
そしてその破片が、
きっと日下部に飛び散って、傷つけてしまう。
それだけは、いやだった。
でも──
いま、蓮司の指が、皮膚の奥へと沈んでいくこの感覚が、
なぜか、何よりも“現実”だった。
それが、遥をさらに追い詰めていく。