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月明かりだけが、部屋の輪郭を曖昧に照らしていた。蓮司の姿が見える。まだ遥のすぐそばにいて、笑っていた。
あのいつもの笑み。
何も感じていないようで、すべてを見透かしている顔。
遥は、起き上がらなかった。
ただ、首だけをわずかに動かし、蓮司を見た。
「……まだ、面白い?」
低い声だった。
眠気でも疲労でもない。
そこにあったのは、
乾いた拒絶と、冷たい怒り。
蓮司は笑った。肩をすくめて、
「んー、まだちょっとだけね」
「じゃあ……もういい」
遥の声に、棘はなかった。
でも、その一言は明確な拒絶だった。
蓮司の指が止まった。
動きも、音も止まる。
「やめろよ、そういうの。つまんないって」
「おまえはずっと、“おれがどう壊れるか”しか見てないだろ」
遥はゆっくりと身体を起こす。
痛みを無視して、冷えた空気を胸いっぱいに吸った。
「いいよ。壊れるとこ、見せてやる。……でも、おまえの期待とは、違うかもしれないけどな」
「へぇ」
蓮司は相変わらず飄々としていたが、その目だけは細く鋭くなる。
「じゃあさ、どう壊れるつもり? 泣いて? 喚いて? 俺をぶったりする?」
「……なにも言わずに、いなくなるってのも、いいな」
遥の声に、初めて“笑い”が混じった。
それは喜びでも諧謔でもない、もうどうでもいいという笑いだった。
「おまえと居ると、何も感じないんだ。
どんな痛みも、どんな触れ方も、
……全部、ただの作業みたいでさ」
蓮司の笑みが、ほんの一瞬だけ止まった。
「日下部のときは──怖かった。
触れたいと思ったとき、全部が、崩れる気がした」
「……それって、俺といるときのほうがマシって話?」
「ちがう。
おまえといると、“生きてない”感じがするだけだ」
蓮司は立ち上がった。
遥の顔をじっと見つめていた。
表情に笑いはある。でも、目だけが静かに怒っていた。
「ねえ、遥。
俺にそんな顔、したことなかったのに」
遥は答えない。
ベッドの端に、背を丸めて座る。
蓮司の視線を拒むように。
「……やっぱ、日下部のせい?」
「違う」
遥は短く否定する。けれど、それ以上は言わない。
沈黙が落ちる。
蓮司は一歩、遥に近づく。
触れようとはしない。ただ、見る。
「ねえ遥。おまえ、今“誰かのために壊れようとする”のも、やめたの?」
遥の肩が、わずかに揺れた。
けれど、返事はなかった。
蓮司は最後に、ひとつだけ呟く。
「じゃあ──つまんないな。そろそろ終わりかもね」
そして、部屋を出ていった。
遥はひとり、残された。
静寂の中で、自分の呼吸の音が、やけに大きく聞こえた。
壊れたのかどうかすら、もう分からない。
ただ、何かがはっきり終わったことだけは、確かだった。