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王妃と王に与えた魅了封印と解除法具は、現在進行形でいい仕事をしているらしい。
王妃の魅了に一番毒されていた王ですら、すっかり王妃を疎んでいる状況になったという。
最大の被害者にそこまで効果があるのだ。
当然王以外の、魅了されていたとしか思えない非常識な反応をしていた人々の心も、すっかり平静になった。
王妃は今まで自分をちやほやしていたはずの周囲の冷たい対応に、最初はかんしゃくを起こしていたが、反応が更に冷ややかになっていくので、いい感じに大人しくなったらしい。
それでも、あれが欲しい! これが欲しい! それをやらせてくれないなんて、おかしい! と日々うるさいが、自ら生贄となった家臣たちの手によって、あらゆる手段で財政を窮迫させないように、手配がなされているとのことだ。
王妃を政治どころか社交にも関わらせないのはいいことだが、さすがにそんな状態を長く続けるわけにはいかない。
早急に王妃を罪人へと落とし、新たな王妃を立てる必要があった。
非礼極まりない王妃の振るまいにより、その後釜に座りたがる女傑はいないらしい。
また現状を打破できるほどの実力者を求めるならば、行方の知れない公爵令嬢ローザリンデ・フラウエンロープしかいない! というのが有識者共通の意見とのことだった。
「ローザリンデ様は、長くお姿を隠しておいででした。お父上やお母上も居場所を存じ上げなかったのです」
「……公爵家が、家名を守るために放逐したのではないでしょうか?」
「はい。そうなりそうな状況であったので、ローザリンデ様は誰の手も借りずに自らの御意志で姿をお隠し遊ばされたようです。御家族にまで害が及ばぬようにと……」
「愛国心はあったのかしら?」
「はい。国も王も民も、等しく慈しんでおいででした」
公爵家ともなれば、自由に使える隠密的な者もいるだろう。
そんな者たちが見つけられないというのならば、既に死んでいるとも考えられるのだが、リゼットはローザリンデの生を疑っていないようだ。
「いくら王妃に一番近い公爵令嬢といえど、一人でその身を隠し続けるのは難しいと思うのだけれど……」
「公爵家に伝わる秘宝で生存の確認はできていると、一部の間では認識されております」
「凄い秘宝があるのね!」
「継承権を持つ者の生死を感知できる秘宝と囁かれております。王家にも似た秘宝がございますね」
なるほど。
便利で得がたい秘宝だ。
王家において生死不明は、無用な後継者争いを起こしかねない。
この王家に限っていえば、現時点で後継者争いなど起きようもない状況かもしれないが。
「……最愛の御方様のお力をお借りしたいというのは、王家の希望ではなく…… ローザリンデ様たっての御希望なのです」
「え? 彼女が自分の意思で、私を指名したというのかしら?」
「そうでございます。最愛の御方様の噂は既に王都を駆け巡っております。ローザリンデ様のお耳にも入ったのでございましょう」
「ということは、彼女。王都にいるのね?」
「恐らくは」
隣国にまで情報が回るのはさすがに早すぎるだろう。
しかし、どうして私を指名したのか。
不敬に当たってしまう可能性が高いというのに。
「どうして彼女は私を頼ろうとしたのかしら?」
「……王宮に……信用できる者がいないのでございましょう。また御身の価値を明確に理解して、王以上の権力を持つ者を欲したのかと愚考いたします」
頭のいい人は好きだ。
自分の価値を過不足なく把握できる人は尊敬に値する。
早く国を正常化したいと切実に願っての結果だろう、けれど。
「報酬は、何をくださるのでしょう?」
「指定した場所まで迎えに来ていただけたなら、身代わりの宝珠を。公爵令嬢として帰宅できたならば、エンシェントドラゴンの逆鱗を。王妃になった暁には、望まれる国宝を一つ差し上げたいとのことでございます。国宝の件に関しましては、王の許可も得てございます」
「ん? 王はこの件を知っているの?」
「はい。完全な人払いをなし、王と私が二人でいるときに、ローザリンデ様のお声が聞こえました。一方的な懇願でございましたが、王はその全てに『是』とお答えになりました」
身代わりの宝珠は、使い切りタイプの即死回避アイテム。
エンシェントドラゴンの逆鱗は、蘇生薬製作の中で一番重要なアイテム。
国宝には、夫が薦める世界中何処でも転移可能なアイテムがある。
報酬は無難だろう。
不敬の詫びを含んでいるとしても、十分だ。
なのに、何かが引っかかる。
「……王家に伝わる秘術を使って、ローザリンデ様は、王と私だけに、連絡をくださいました。最愛の御方様には、不敬を承知でお願い申し上げます。どうぞ、どうか。ローザリンデ様捜索の依頼、正しくは王城までへの護衛依頼をお聞き届けくださいますよう、伏してお願い申し上げます」
リゼットが椅子から降り、カーペットの上で額ずいた。
「他に、御令嬢が私に向けて、言っていたことはあったかしら?」
「……まずは不敬を承知の上で、時空制御師最愛の御方様に、お願い申し上げますこと、深くお詫び申し上げます。また王、及び王妃、国の重鎮たちが多大なる御迷惑をおかけしたことも、深く、深くお詫び申し上げます。最愛の御方様の御意志を無視した召喚の責任は不肖、私が取らせていただければと思っております。護衛いただくことが叶わずとも、最愛の御方様が望む責任の取り方を、どうぞ、お教えくださいませ……そう、おっしゃっておられました」
「……なるほどねぇ」
一言一句間違えるはずもない詫びの言葉。
そして、責任を取るという覚悟。
私が望めば、絶対にできぬとわかっていても、彼女は探すのだろう。
夫が先に安心させてくれなかったら、この世界を滅ぼしても求めただろう、帰還方法をも。
すとんと、引っかかっていた何かが落ちた心持ちになる。
どうやら私は、逃げるしかなかった彼女が、再び望まれて王妃になるに当たっての、ローザリンデ・フラウエンロープの、覚悟を知りたかったようだ。
また魅了しか能のない愚妃との、明確な違いを、感じたかったのだろう。
依頼が叶わずとも、王妃になれずとも、責任は取ると、彼女は言った。
実際、依頼は叶うだろうし、王妃にもなれる。
だからこそ、責任も取れるのだ。
その、一貴族としての矜持こそが、見識者が求めて止まない、王妃の器なのだろう。
「護衛の依頼は、ローザリンデ・フラウエンロープ公爵令嬢を、王の下へお連れすれば達成したと見なされるのかしら?」
「はい! はい!」
「では、依頼をお受けいたしましょう」
「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます! 時空制御師最愛の御方様のお蔭で、この国は救われます!」
大げさな、とは思わない。
あの王妃をこれ以上のさばらせていたら、最低でもクーデターは起こったはずだ。
涙を流しながら私を見つめるリゼットが、王にとどめを刺す可能性すらあった。
「どうぞ、こちらをお持ちくださいませ。王族のみが持つ、通信宝珠にございます」
通信宝珠として渡されたのは、掌に載る小さな水晶玉。
しかし水晶とは思えぬほど軽いので、私の知らない素材なのだろう。
「宝珠を通して話ができるようになっております。また身分を偽っての通信には反応いたしません。この宝珠は現在、王、ローザリンデ様、私、そして最愛の御方様にしか使えません……守護獣様方も使えるようにした方が、よろしゅうございますか?」
私は背後に立ち、静かに様子を見守っていてくれた四人を振り返って見つめる。
「うむ。必要ないぞぇ」
「そうね。ノワールもランディーニも必要ないわよねぇ?」
「ふおっふお。そのようなものに頼らずとも、意思疎通は可能じゃしのう」
「メイドの嗜みにも……シルキーの嗜みにも、意思疎通の方法はございますので……」
王家に関わる者しか持てない貴重な通信宝珠も、守護獣や妖精たちに言わせれば無用の長物なのだ。
この四人のうち、誰に頼んでもきっと。
公爵令嬢を無事に王の元に届けるまで、護衛しきるだろう。
私を守ってくれる自慢の猛者たちだ。
私は通信水晶をテーブルの上に置くと、夫の仕事口調に似せて話しかけた。
「ローザリンデ・フラウエンロープ公爵令嬢に申し上げる。我は時空制御師の最愛。リゼット・バロー氏を通しての、護衛依頼。ここに受諾いたしました。待ち合わせの場所と日時を御提示いただきたい」
淡い水色をしていた通信水晶が、鮮やかな金色に染まる。
通信を送った、という合図だろうか。
ノワールが淹れてくれた新しいハーブティーを一口飲めば、間を置かずに通信水晶が銀色に染め上げられた。
『時空制御師最愛の御方様に申し上げます。私、ローザリンデ・フラウエンロープと申します。このたびは不敬極まりなき依頼の快諾、誠にありがとうございました。待ち合わせの場所は、夜蝶のはばたき。日時は一週間後の二十時でいかがでございましょうか?』
「なるほどのぅ。確かに安心できる潜伏場所じゃな」
「夜蝶のはばたきってね。女性のための、女性しかいない、娼館なのよ」
女性の娼館も大半は行かせたくない場所ですが、夜蝶のはばたきであれば行ってもいいでしょう。
夫の許可も下りたので、安心安全の娼館なのだろう。
道理で公爵令嬢が潜伏できるはずだ。
情報統制も完璧であることを考えると、過去に夫の支援を受けていた店かもしれない。
「一週間後はお茶会ですので、六日後の二十時がよろしいかと愚見いたします。主様の許可がいただけましたならば、そのまま屋敷にお泊まりいただき、次の日のお茶会を共にし、後に王城へ行かれる予定で如何でございましょうか」
ノワールは随分と公爵令嬢を買っているようだ。
ならばここは聞いてみるのがいい。
『……一週間後は、三時に茶会の予定がありますの。親しくなりたい方々を呼ぶ、私主催の初めての茶会ですわ。ですから、日時は六日後の二十時でお願いしたいの。せっかくですので、ローザリンデ公爵令嬢もお呼びしたいわ。我が屋敷にお泊まりいただいて、次の日に茶会を楽しんで、王城へ伺う……そんな予定を考えたのだけれど、如何かしら?』
『時空制御師最愛の御方様とお茶会でございますかぁ! そ、そしてお泊まりまでお許しいただけるなんて! 光栄ですわ! 喜んでお考えいただいた予定通りに、御一緒させていただきたいですわぁ!』
終始上擦った興奮気味の声音に、飾らない本来の姿を垣間見た気がして、私は公爵令嬢ローザリンデ・フラウエンロープと、友好な関係を築けるような気になってしまった。
そしてそれはたぶん。
間違ってもいないのだろう。