「・・・さん!透子さん!どうしたんですか?ボーッとしちゃって」
麻弥ちゃんに声をかけられて我に返る。
「あっ。ごめんごめん。まぁ、私はまだまだ仕事忙しくてそんなの考える暇もないから、麻弥ちゃんの幸せおすそ分けしてもらえるだけで充分!だから麻弥ちゃんは私の分まで幸せになるんだよ~」
「はい!透子さんぜひその時は結婚式出席してくださいね!」
「私まで呼んでくれるんだ~」
「もちろんです!透子さんにはぜひその人にも会ってほしいですし」
「ぜひぜひ。その時はお祝いしにいくね」
「あっ・・っていうか、もしかしたら、透子さん、彼に会ってるかもです」
「えっ? 私会ったことあるっけ?」
「実は今日会社行ったのも、その彼に会いに行ってたんです」
「・・・え? うちの会社、の人なの?」
なぜかその言葉を聞いて、急に胸騒ぎがする。
なぜか嫌な予感がして、急に鼓動が早くなる。
「はい!ここで働いてて、今は社長代理として頑張ってる・・早瀬 樹って知ってます?」
・・・やっぱり。
嫌な予感が的中した。
鼓動が更に早くなって、身体中が震えそうになる。
気づかれないようにそっと下に隠した手を抑え必死に震えを止める。
急に突きつけられた現実が頭に入って来ない。
どういうことだとかホントに樹なのかとか、そんなことももう考えられないくらい。
どう考えても樹だとしかありえない。
ホントは一つ一つ整理してどういうことなのか考えたいのに、頭が回らない。
だけど、この胸の鼓動はダイレクトに自分の不安が現れているらしく、どんどん激しくなって苦しくなる。
「会ったことありますか?」
そんな中、容赦なく麻弥ちゃんがまた現実を突きつけて来る。
「もちろん知ってるよ・・。会社でも今、社長代理として知らない人いないんじゃないかな」
「そうなんですね!やっぱりいっくんすごいんだ~」
いっくん・・・。
なる、ほど・・。
幼馴染、だったっけ。
そんな呼び方してるのか・・・。
「前に、プロジェクトでも一緒だったから。早瀬くんもちろん会ったことあるよ」
だけど。
ここは大人の女性として一社会人として、私情を持ち出してはいけない。
自分の気持ちや動揺がバレないように必死に隠しながら、何でもないように話を続ける。
「うわ~!いっくんと透子さん、やっぱり一緒にお仕事されてたんですね~。なら、また改めて今度は婚約者としていっくん紹介させてくださいね!」
「うん。もちろん」
急に自分が外野の人間になったかのように感じて。
つい少し前までは、樹の隣りにいれるのは自分だと思っていたのに。
きっと今はその場所にいるのは私じゃない。
樹にフラれるワケでもなく、別れを言われたワケでもなく。
だけど。
それ以上に、もっと辛い現実が目の前で多分起きている。
「実は今日このあと、彼の家との食事会で。そろそろ時間なので向かいますね」
「あっ、うん。また、ね」
「はい。今日はありがとうございました。透子さんにご報告出来てよかったです」
「私も。聞けてよかったよ」
「じゃあ失礼します」
嘘つき・・・。
聞けてよかった、だなんて。
ホントは思ってもいないくせに。
嬉しそうに樹の元へ向かう麻弥ちゃんの姿でさえ、心狭くてすでに見送れなかったくせに。
一人になって急に力が抜けて、頭がクラクラしてくる。
整理することが多すぎて、顔を手で覆って俯きながら、とりあえず気持ちだけでも冷静に落ち着かせる。
と言っても、どこから整理していけばいいかわからない。
だけど、こんな辛い現実を突きつけられてるのに、今まで樹がくれた言葉を思い出すと、なぜかまだ樹を信じたい自分がいて。
言葉通り受け取って、そのまま樹を憎めない自分がいる。
これが惚れた弱みとでも言うのだろうか。
どうしても樹がくれたすべてが、嘘だとは思えなくて。
最初から騙すつもりで近付いたとは考えられなくて。
だってそもそもメリットなんてない。
私を騙して樹が何の得になる?
同じ職場で同じプロジェクトで、隣に住んでさえいるのに、わざわざそんな面倒なことをするとも思えない。
お金だって別にせびられたワケじゃないし。
そもそもお金はきっと社長の息子だし、私より何倍も持ってるはず。
なら遊びで楽しんだだけ?
確かに最初はそんな始まり方だったけど、でももう今はそうじゃない。
誕生日にくれたネックレスだって、特別に樹が作ってくれたモノだったし。
そもそもお金目当てでもないのに、こんな年上の女を遊び相手になんて普通は選ばないはず。
もっと若い子ならいろいろ期待しちゃうだろうし。
だから・・・?
年上の自分なら遊び相手でも後腐れないから・・とか?
結婚する相手はいるけど、不自由になる前少し違う遊び方をしたかった?
年上の私なら将来を期待せず自由に終われると思ったのだろうか。
物わかりのいい年上ならその時になれば別れられるから?
どんどんマイナスなことが思い浮かんでくるのに、だけどその一方で今までの樹を思い返すと、やっぱりどうしてもそうじゃないと思ってしまう。
だけど。
きっと樹は結婚する。
自分じゃない他の女性と。
なら。どうして私と付き合ったのだろう。
そんな将来が決まっている相手がいるのに。
もうそれはずっと前から決まっていたのだろうか。
それとも最近決まったことなのだろうか。
私をずっと前から好きでいてくれたって言ってたけど、それはホントは麻弥ちゃんだった・・?
あぁ・・ダメだ。
どんだけ考えても答えがわからない。
だから、まだ私は現実を全然受け止めきれてない。
そしてそんな簡単に、樹への気持ちをもう無くすことなんて出来ない・・・。
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