「透子・・? どした? 大丈夫? 」
「美咲・・・」
すると、さすがにいつもと様子が違う姿を見て、美咲が声をかけてきた。
「なんかあった?」
「・・・ちょっと頭整理するわ。とりあえず強めのお酒ちょうだい」
「何どした? ご飯、なんか用意しようか?」
「いや・・・食欲ないや。でもちょっと飲まなきゃおかしくなりそうで」
「何も食べずに飲むと悪酔いするからやめなって」
「美咲・・私・・どうすればいいのかなぁ・・」
「透子・・・。とりあえず一人にさせない方が良さそうだね。しばらくお店で待てる?店落ち着いたら話聞く」
「うん・・・。一人でいるのはキツイや・・。とりあえずここにいて気紛らわしとく。だからお酒、ちょうだい」
「だから・・もう。とりあえず適当になんか食べるモノも作るから。ちょっと待ってて」
お店の邪魔にならないように、カウンターのいつもの自分の特等席に移動する。
この場所でなら、いつも通り自分の時間が過ごせる。
とりあえずいつものこの場所で少し落ち着こう。
いつもの自分を取り戻そう。
多分このままずっと考えていてもきっと正解も答えもわからないけれど。
だけど、今は他のことは何も考えられなくて。
もうずっと永遠に繰り返されている樹と過ごした過去の時間。
それと同時に目を伏せたい現実が同じように浮かんでくる。
幸せな想い出と胸が痛む想像が交互に何度も思い浮かんで、余計に頭がぐちゃぐちゃになる。
好きな気持ちは変わらないのに、自分じゃない誰かの存在と一緒に過ごしていると思うだけで、この先その人のモノになるのかと思うと、その好きだという気持ちからも逃げたくなる。
これなら誰かにずっと片想いしてくれてる方がよかった。
そしたらいつか振り向かせて自分のモノに出来たかもしれない。
だけど、きっとこれからは樹はもう違う人のモノになる。
“婚約”というたった二文字なのに、自分ではどうにも出来ない重い重い障害。
樹からその言葉を聞いたら、私はどうなってしまうのだろう。
別に将来を望んでいなかったはずなのに、いざ同じ時間をもう歩めないのかと思うと、こんなにも胸が苦しい。
「透子。お待たせ。もうお店閉めたから」
「えっ?もうお店終わったの?」
「もう・・って。あんたあれから何時間経ったと思ってんの」
「あっ・・そう、なんだ」
ずっと同じことばっかり考えてたから時間の感覚わからなかったけど、知らない間にそんな時間経ってたんだ・・・。
「てか。今日は早めに閉めた」
「オレも、ちょっと今日は状況なかなか深刻そうで、透子ちゃん心配だから一緒させてもらおうと思って」
今日は美咲だけでなく修ちゃんも一緒に心配して気にかけてくれる。
「修ちゃんまで、ごめんね・・。私・・そんないつもと違う?」
でもなんかそれもちょっと胸が痛くて、つい強がって笑顔で誤魔化す。
「ここまで酷いの初めてかも。うちらの前では強がんなくて平気だから」
「でもさ~不思議なことに、こんなにお酒飲んでんのに、全然酔わないの。全然楽になれないの。なんでだろ」
「そりゃ、透子がお酒だと思って飲んでるやつ、お酒薄くして悪酔いしないようにしてたしね。ほぼアルコール入れないようにした」
「えっ!そうなの!? どうりで全然酔わないと思った」
どうせならもうこのままさっきの時間まで巻き戻して、その前からの記憶全部飛ばしてしまいたかった。
「ってか、透子実際そんなことにも気付かなかったでしょ? 今はお酒の味なんかきっとわからないくらい違うとこに意識いってるよね? 現にそれで酔いつぶれても多分なんの解決にもならない。うちらが話聞けるようになるまでは、まだ正気のままでいてもらわないと困る」
だけど、私の思ってることなんて、親友の美咲にはお見通しで。
「透子ちゃん。樹・・だよね?」
「さすが修ちゃん。・・・その樹くんのことがね、もうわからないワケですよ」
「さっき透子が一緒だった子が原因?そういえばなんかあの子見覚えあるんだよね」
「あぁ~あの子、モデルさんなんだ~。前にね、私が彼女と一緒にプロデュース商品作ったことあって。そこからそれなりに仲良くしてて、ここにも何回か連れて来たこともあるし、まぁ私的には妹みたいな存在だったんだよね」
「いや・・それもあるけど。あの子、多分前何度か樹ともこの店来たことあるんじゃないかな」
「えっ、そっか。修平、よく覚えてるね」
「前にね、ちょっと紹介されたことあってさ」
なんだ。
やっぱり修ちゃんにしっかり紹介してるほどの仲なんじゃん・・・。
「そっか。やっぱもう昔からそんな仲だったんだ・・」
修ちゃんと美咲のやり取りを聞いて、自分でそう呟くのと同時に、すでにもう前から築き上げられてる二人の関係を突きつけられて気落ちする。
「確か・・アイツの幼馴染とか言ってたかな」
「そうみたいだね。なんかね、その幼馴染ともうすぐ樹、婚約するんだって」
「はっ!? えっ?ちょっと待ってどういうこと?樹くんと透子付き合ってんだよね?」
「多分ね~。私はそう思ってたんだけどね~。樹はなんか違ったみたい」
「いや。私の目の前で樹くん付き合うことになったって報告してきたのちゃんと覚えてるから間違いないでしょ」
「だよね~。だけど婚約するらしいよ」
「その子が言ったの?」
「そう。麻弥ちゃんって言うんだけどね。私もまさか樹と幼馴染だなんて知らなかったからビックリだよ。っていうか、婚約の報告してくれてさ、おめでと~って祝福してたらさ、まさかのその相手が樹だったってオチ。ハハッ。何これ。こんな偶然ある?どんだけ世間狭いんだって話よね」
「透子・・・」
さすがに強がりで一気に話す私を見て、何も言えずにただ名前だけを呟く美咲。