「……火端さん。私、少しだけ気を失っていました。助けてくれて、本当にありがとうございました」
音星は俺に向かって頭を深々と下げた。
「い、いや……当然なことだったから……って、ひょっとして、音星は洞穴から落ちてからのことを全然覚えていないのかい? ずっと目を閉じていたままだけだったけど?」
「……ええ、ずっと夢の中でお花畑にいました」
「ふぅー、まあ、それはいいか。お互いなんとか助かって良かったよな」
「ええ」
音星は辺りに、半透明な人型の魂も獄卒もいないのを不思議がっている。俺もそれは不思議に思っていたんだ。
それから、音星はゆっくりと肩に掛けていた布袋から古い手鏡を取り出すと、割れていないかと色々な角度から見つめはじめた。
「火端さん……。弥生さんが心配ですが、一旦。八天街へ戻りましょう」
「え? ああ。そうだな……さすがに疲れたしな。確か地獄と現世では時差があるもんな」
「ええ、あの火端さん? 少し気になってしまって……不思議なことをいうようですが、ここがどこだかわかりますか?」
「え? 大叫喚地獄だと思うけど……」
「いえ。恐らく……今、私たちがいるところは……ここは焦熱地獄だと思うんです」
「ええ!? あの別名炎熱地獄の?! あ、でも。全然、違うんじゃないのか? ここら一体どこもかしこもまったく熱くないぞ?」
「ええ。でも、あっちの方……見えますか? ほら……あそこだけですが、空が真っ赤に染まっています。それに地上では火柱が噴き出ていますし、そのせいで大空が燃え盛っているように見えるんです。でも、ここにはお花が咲いています」
音星が指差す遥か西のところを見ると、恐ろしい猛火が噴出している広い大地があった。 焦熱地獄は、五戒全部を破ったものが落ちるとされている。別名、炎熱地獄って言って物凄い熱い場所なんだ。確かに言われてみるとな……。
「地獄では、阿弥陀如来が菩薩と共に、地獄で往生している人を迎える時があるのは知っていますか? 」
「あ!!」
それと、音星が言った。阿弥陀如来が菩薩と共に、往生している人を迎える時があるといわれているのは、地獄絵の最後に來迎図《らいごうず》というものがあって、地獄にも救いがあるようなんだ。
あ! ひょっとしたら!!
弥生のために、阿弥陀如来が菩薩が来てくれたのかも知れない!
早速、この辺を調べてみよう!
八天街に戻るのは後だ!!
弥生がいるかも知れない!!
「音星! 弥生は救えるかも知れないんだ! 一緒にここら辺を調べてくれ!」
「ええ! でも、救えるではないと思います。正しくは救われているだと思うんです」
急いで、弥生が助かったのではと音星と一緒に花の咲いている広い大地だけを走り回った。
どうやら、ここも灰色の空が広がっていて、噴出している火柱以外は地平線まで見える殺風景なところだった。
けれども、弥生がいた痕跡などを調べて走り回っていると、いきなり遠く離れた四方の大地から、たくさんの恐ろしい巨大な炎が噴出した。途端に、部屋のヒーターやキッチンのコンロ並の高温の熱を持った暴風が襲ってきた。あっという間に汗を掻くと、なにやら、地面に咲いていた花々が次第に蕾になってきた。
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