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新学期にあの大きな作品を学校へ持っていくのは苦労した。
近所の酒屋から台車を借りてきてまだ夏の暑さの残る通学路を汗だくになりながら運んだことを覚えている。
学校の側まで来ると千尋と出会い、教室まで一緒に運んでくれた。
コンクールに出品するまでとはいえ、教室や美術室に人の遺骨が置いてあると思うと不思議な気持ちだった。
千尋の友達である果歩や愛も私に話しかけてくる頻度が増えてきた。
これは私が千尋と仲が良いからだろう。
家でも変化が起きた。
あの死体を処理して以来、お母さんが毎日私のためにご飯を作ってくれるようになった。
お風呂も毎日入れる。
食事のときにテレビを見ながら会話する。今迄では考えられないことだ。
私は泣きたくなるほど嬉しかった。
憧れていた親子関係、友達がいる学校生活。
遂に望んでいた環境を自分の手で掴み取ったのだ。
これも千尋と出会って彼女が私にいろいろ話して助言をくれたおかげだ。
自分の中で千尋に対する憧れと依存、執着が日に日に強くなっていくのを感じた。
全てが順調だった。
ある日、食事中に私はお母さんに「お母さん。あんなクズに汚された私たち親子の人生を二人でやり直そう。私を裏切らないでね」と、言った。
私のこれからの人生に、お母さんは必要不可欠だった。千尋と同じくらいに。
しかし、この言葉を聞いたお母さんから感じたのは私に対する「恐怖」と「不安」だった。
私にとってはそれが不満だった。ほんの少しだけど。
新学期も真中に差し掛かったある日、家に帰った私を待っている人間がいた。
私をいじめていた一人、津島由利だった。
由利は私のマンションの塀にもたれて、一人立っていた。
「どうしたの?」
うつむいて立っている由利に声をかけると顔を上げた。
「ちょっと話がしたくて」
「一人なの?」
周囲に目を馳せる。
「私一人だよ。智花たちはいないから」
それは本当のようだった。
「いいよ。家来る?」
うなずく由利を自分の部屋へ連れて行った。
由利をテーブルの席に着かせると冷蔵庫にある麦茶を出した。
由利はきょろきょろと部屋の中を見回している。
「びっくりした。私の家っていまどきあるようなゲームとかそういうの全然ないの」
「そうみたい…だね」
愛そう笑いをすると麦茶を一口飲む由利。
「あのう……お母さんは」
「昼間は仕事行ってる。うちって今はシングルだからさ。お母さん仕事増やしたりで大変なんだ。だから今ではご飯もお弁当も私が作っているの」
父親を殺してからしばらくしてお母さんは仕事を増やした。
それを聞いて私は家事を自分がやることに決めた。
「小川さんえらいんだね」
由利はなにか言いたそうにしているが本題に入らない。
「どうしたの?今日は」
由利は押し黙ってから頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!」
さらにテーブルに額がつくんじゃないかというくらいに頭を下げる。
「今まで酷いことしてきた。本当にごめんなさい!」
私は驚きながら由利を見ていた。
まさかあの子たちの一人が私に謝罪するなんて。
そんなタイプには見えなかった。
由利はずっと頭を下げたままだ。
「いいよ。もう顔を上げて」
顔を上げた由利の目からは涙が流れていた。
「本当に意味で許せるかって聞かれたら今はちょっと……でもこうして謝ってくれたことは嬉しいし、津島さんのこと信用できる」
「ありがとう……」
一言いってからまた泣き始めた由利にハンカチを手渡す。
「あのね……言い訳するわけじゃないんだけど、私は最初あなたをいじめようとかそんなこと全然考えていなかったの。多分、智花も。なぜかそういう空気になっていたの」
「どういうことかな?ならどうして私を」
「わからない。なんかクラスであなたが目立ってるっていう話が広まってて」
「それは……私は汚かったし」
由利は首をふった。
「どこからか聞いたんだ。目立つっていうのは顔立ちのことで素は可愛い、智花よりあなたのほうが可愛いって。それを聞いてから智花があなたのことを話題にすることが増えたの……智花は自分が一番って感じの性格だから」
「そんなこと誰が言っていたの?」
「わからない。クラスの裏サイトだから」
「そんなのあるんだ?」
その場で由利から教えてもらった、ネットにあるクラスの裏掲示板。
そこは匿名でいろんなことが書き込まれていた。
「ありがとう。教えてくれて」
由利は首をふる。
「お母さんが帰ってくるまでいていいかな?お母さんにも謝りたくて」
今度は私が首をふった。
「いいよ。お母さんには謝る必要ないから。だってあの頃のお母さんは私に興味なんてなかった。私が学校でなにをしているか、今日学校でなにがあったとか全然興味がなかったの」
「そうなんだ……私と一緒だ」
「津島さんと?」
見た感じの津島由利は肌や髪も清潔で制服もきちんとクリーニングに出されている感じだ。
家庭で十分に栄養をとれる。それは親が子供に興味を持っているから、関心があるから成り立つことではないのか?
由利の言っていることが私には理解できなかった。
「家はさあ、三人姉妹でお姉ちゃんと妹は頭良いんだ。私だけ成績良くなくってさ。だから親はお姉ちゃんと妹には期待しているけど、私には期待していないっていうか、どうでもいい感じ?」
由利は自嘲しながら言った。
そういう興味の無さもあるのかと知ることができた。
テーブルの上に置かれた由利の手を上からそっと握る。
「津島さん。本当に、お母さんに謝罪なんて考えなくていいから。私は津島さんのことならきっと許せると思う。だから……私と友達になってくれないかな?」
「友達に?私が?」
「もちろん内緒で。だって私と話したりしてたら高橋さんたちから津島さんがいじめられる。だからLINEとかで話したり、たまにこうして家で話したりとか」
「そんなんでいいの?許してくれるの?」
「うん」
私は強くうなずくと、由利の手を握る手に力を込めた。
「これからは名前で呼んでよ」
これは千尋が初めて私と話したときに言っていたことだ。
まさか私が他の子に言うときが来るなんて想像もしていなかった。
「なら私も」
由利は笑顔を見せた。
それからしばらく話していると、夕食の準備をする時間になった。
帰る由利をマンションの入り口まで見送った。
「やっぱり噂当たってたね」
「えっ」
「あなたのほうが……一華の方が智花より全然可愛い」
「そんなことないって」
面と向かって褒められると照れる。
私の容姿を褒めてくれたのは千尋の外は由利がはじめてだった。
「メイクとかもするの?」
「うん。千尋がしてくれたり教わったり」
「千尋かあ……一華は仲良いもんね」
そう言ったときの由利の表情と口調から、なにか言葉にはできないものを感じた。しかしすぐに由利の表情は明るいものになり「また連絡するよ!」と、手を振った。
「うん!」
私も手を振り返して、由利の背中が遠のくのを見送った。
千尋の名前が出たときの由利の表情の変化。
一瞬だったけど、いったいなんだったのだろう?
まあいいや。気のせいかもしれないし、今後も同じようなことが続くようなら、そのとき聞いてみよう。
あのときの私はそう思った。
千尋の外に友人ができたことが、あのときの私は嬉しかったのだ。
みんなに大きな声で宣言はできないけど、秘密の友人だけど、それでも私は嬉しかった。
夕食が出来上がり、お母さんお帰りを待つだけの間、由利にLINEをしてみた。
するとすぐに既読がついてスタンプを送ってきた。
なんだか胸の奥が温かい。千尋のときには感じなかったと思う。
こんな感じは初めてだった。