「だから皆オレの大事な愛しい人に手を出さないでね」
樹は私を抱き締めたまま、注目を浴びてるのをわかってて、高杉くんだけでなく、わざと皆に聞こえるようにそんな言葉まで言い放つ。
すると、抱き締めていた左手を下ろして、そっと私の手の上に重ねてきた樹。
そして。
「もう将来の約束もホラ、こうやってしちゃってるから」
そう言って私の指輪をつけている手を、皆に見えるように上にあげて見せつける。
右手は私を後ろから抱き締めたままで、そして左手は私の手を取り、皆に見せているこの状況。
「誰もオレ達の邪魔しないでね♪」
この樹の行動と言葉は、きっと今まで樹に憧れていた女子社員たちにも、遠回しに傷つけずに伝えているような、そんな気がして。
「三輪さん。ちょっと今、彼女連れてっていい?」
すると、樹は前に座っている三輪ちゃんに了承を得る。
「あっ、どうぞどうぞ!ちょうど望月さんランチも食べ終わったとこですし、どうぞお好きなだけ!」
そして案の定三輪ちゃんは空気を読むのがやっぱり得意で、樹に合わせてそんなことを言っている。
「高杉。そのコーヒーやるわ」
そしてテーブルに持って来てたコーヒーを、樹は口も付けないまま、高杉くんに譲る。
「あ、あぁ。サンキュー」
「高杉。オレら先、失礼するわ。ゆっくり飯食ってって」
「了解。そちらもごゆっくり」
高杉くんも最初はビックリしていたモノの、樹の堂々とした態度にすぐにその状況を理解して笑って受け入れてくれる。
「透子。行こっ」
「あっ、うん・・」
だけど、当の私と言えば、その状況に何も反応出来ず。
そして、樹は私の手をギュッと握り締め、そのまま引っ張って、私をその場から連れ出そうとする。
「あっ。望月さん。それ私持っていくんでそのままで大丈夫です!」
テーブルにあるトレイをどうしようか気にしてる私にすかさず気付いてくれる三輪ちゃん。
「ごめんね。三輪ちゃん!」
そう伝えながら三輪ちゃんを見ると、三輪ちゃんは祝福してくれるかのような笑顔で手を振りながら見送ってくれる。
面倒かけて申し訳ない三輪ちゃん!
そして樹にそのまま手を握ったまま引っ張られて食堂の中を歩き始める。
最初は何考えてるのかわからないこの人に、どう反応していいかわからなかった。
いつも強引で、常に樹の思うがままのペースで。
今も手を引っ張られながら歩く私たちは、当然誰よりも注目を浴びていて。
だけど、今の樹は誰も文句を言えないほどの結果を残して来て、一目置かれるほどのそれだけの人間になって今はここにいる。
この強引さも、今は自信に満ち溢れていて、そして、そんな今の樹はまた見たことない魅力を放つカッコよさで。
だから今は、樹の隣でこうやってしっかり私の手を掴んでくれている樹が頼もしくて。
堂々と皆の前で私の存在を、この関係を認めてくれたことが嬉しくて。
そしてそんな男らしい樹が私の隣にいてくれることが、何よりも幸せで。
隣にいる樹の横顔をそっと見つめながら、その幸せを実感する。
何度こうやって樹に手を取られて一緒に歩いているのだろう。
だけど、その時その時、いろんな状況の時があったけど。
間違いなく、どの時も、私はこうやってしっかり握ってくれるこの手にドキドキして、愛しくて。
そして今も同じようにドキドキして愛しさは溢れているけど。
今までにはない優しさとぬくもりも、しっかりと一緒に伝わって来る。
そしてまたいつものように、どこに連れて行かれるのかわからない、この状況の中で。
今までなら、樹が何考えてるのかわかなくて、その先どうなるのかわからなくて、手を掴まれて連れて行かれていても、常に不安で確認したくなっていた。
後ろからついてくのが精一杯で、掴まれているその力強さはどんな意味があるのか、どんな気持ちが隠されているのかわからなくて。
背中越しでしか感じることが出来なくて、その時の樹はどんな表情をしているのかもわからなくて不安だった。
だけど、今は。
不安で後ろからついていくのではなく、隣で一緒に歩いてる。
しっかり手を握ってくれるこの優しさとぬくもりと共に、隣を見ると穏やかな優しい表情で、視線が合うと優しく微笑んでくれる樹。
そんな今の樹のすべてで、もう何も疑うこともなく不安になることもない。
きっと樹を信じていれば不安にならなくても大丈夫。
どこに樹が連れて行こうと、きっとそれはどれもちゃんと意味があって。
今はどこへ一緒に行こうとも、隣にこうやって樹がいてくれるのならそれだけでいい。
もうどこに行くのか聞く必要なんてない。
樹と一緒に行く場所なら、どこだっていい。
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