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~m×r~『No.1攻略ルート、君にだけは負けたくない』
Side目黒
煌びやかなネオンが夜空を染める繁華街の一角に、その建物は威風堂々と構えていた。Club『SNOW』―この地区で不動の人気No.1を誇る高級ホストクラブである。黒御影石を基調とした外観は、まるで現代美術館のような洗練された美しさを醸し出していた。
入店するには厳格な面接があると聞いていたが、実際にその扉をくぐってみて、俺は改めてその理由を理解した。ここで働くホストたちは、まさに選ばれし者たちばかり。俳優やモデルと見紛うような容姿の男性たちが、それぞれ異なる魅力を放ちながら働いている。清楚系、ワイルド系、知的系―まるで宝石箱をひっくり返したような多彩な美貌が揃っていた。
重厚な真鍮製の扉を押し開けると、大理石で作られた玄関ホールが広がっている。そこから深紅のベルベットカーペットが敷かれた長い廊下が、客席がひしめき合うメインホールへと続いていく。この廊下の両壁には、まるで美術館の展示品のように、この店で三本の指に入る人気ホストたちの写真が、金の額縁に収められて飾られていた。
廊下の最奥、最も目立つ場所に掲げられているのが、この店のNo.1ホスト、ラウールの写真だった。ふわりとウェーブのかかった金髪が、めめ明の下で絹糸のように輝いている。陶器のように白く透き通った肌に、深いマゼンタピンクの瞳が神秘的な輝きを放っていた。その瞳は写真の向こうから見る者を見つめ、まるで微笑みかけているかのような錯覚を覚える。
そして、その隣に並ぶ額縁に収められているのが、俺自身の写真だった。ここで働き始めて1ヶ月。ようやくNo.2の地位まで上り詰めることができたのだ。
俺は幼い頃から何事においても器用で、勉強でもスポーツでも、手を出したものは大抵すぐに上達し、常に1番を取ってきた。そのため次第に負けず嫌いな性格が形成され、順位を付けられるものについては必ずトップに君臨していなければ、どこか居心地の悪さを感じるようになっていた。
この世界に足を踏み入れた時も、当然頂点を取る自信があった。ホストという仕事について、最初は軽く考えていた部分もあった。女性をその気にさせて、お酒を飲ませれば簡単に売り上げは作れるだろう、と。手始めにこの地区で一番人気の店でNo.1を取ってやろうと考えていたのに、すぐに大きな壁が立ちはだかったのである。
毎日誰よりも早く出勤し、死に物狂いで働いた甲斐あってのNo.2だったが、それでも納得することはできなかった。1番でなければ意味がない。それが俺の信念だった。
――――――――――――――――
メインホールは薄暗い照明の中で、宝石のようにきらめくシャンパングラスと談笑の声に満ちていた。一日の営業が本格的に始まり、たくさんの話し声が交差している。その中でも一際目立つのが、ホール中央の特等席だった。
数人のホストが周囲を取り囲み、華やかなシャンパンコールが響き渡る。注目を集める中心にいるのは俺だった。高級なドンペリのボトルに唇を付け、勢いよく煽る。仰け反らせた喉仏が何度も上下し、琥珀色の液体を飲み下していく。喉の奥が熱くなり、アルコールが血流に乗って全身を駆け巡る感覚。最後の一滴を飲み干し、手の甲で唇を拭うと、周りから黄色い歓声が上がった。
「目黒君、最高よ!」
客の女性が興奮して声を上げる。
「ありがとう。お客様のために何でもするよ」
俺は優しく微笑みながら答える。何度もイッキをせがまれ、まだ夜は始まったばかりだというのに、飲み干したボトルは軽く両手で数えられる本数を超えてしまった。
ソファにゆったりと腰を下ろし、嬉しそうに擦り寄ってくる客の肩を優しく抱きながら、俺はちらりと視線を向けた。すると、向かいのテーブルの男性が目に付いた。パチパチと気怠そうに拍手を送っている。肌の色と同じ純白のスーツを身に纏い、隣には全身をブランド物で固めた裕福そうな客を座らせている。
ラウールだった。
俺は心の中で軽く舌打ちをして、自分の客に向き直った。この女性はまだ数回しか来店していないが、なかなか太い客で目を付けていた。闇雲に高級な酒を注文してくるので楽な客ではないが、俺にとってはそれでも有り難い存在だった。
「ねえ、あの向かいのテーブルにいるのってラウール君よね?」
客の女性が急に別の方向を見ながら言った。
「ええ、そうだね。うちのNo.1だよ」
俺が優しく答える間に、女性の目がいつの間にかハートマークになっているのに気づく。
(また、か…)
もう一度視線を戻すと、ラウールは自分の隣の客にバレないよう、こちらに微笑みかけて、さらにウィンクまで飛ばしてきた。
「わあ、何あの子可愛いわね…」
女性が夢見心地でつぶやく。
「お客様、どちらを見てるの?」
このままだと危険だと察知した俺は、隣の女性の体をそっと引き寄せて、その顔を優しく覗き込んだ。
「今すぐ俺以外見えなくしてあげようか?」
囁くような甘い声で言うと、女性は途端に顔を真っ赤にして、俺の胸に擦り寄ってきた。
(女性なんてこんなものだろうか。少し優しくするだけで、すぐに溶けたような顔をして寄ってくる。それなのに、目を離した隙に簡単に他の男性に心を奪われてしまう)
俺は心の中でそんなことを考えながらも、表情は崩さなかった。
「ラウールは確かにすごい人なんだよね。でも俺も負けたくないんだ。絶対に俺がNo.1を取るから、見ていてね」
物憂げに視線を逸らした後、真剣な瞳で見つめて女性の手を取ると、彼女がバッグの中の札束に空いた手を伸ばすのが見えた。
―――――――――――――――
「うっ…」
客足が途絶え、店も閉店に近づいた頃。俺は一人、人気のない離れのトイレの便座に突っ伏し、酷い眩暈と吐き気に必死で耐えていた。さっきまでのキラキラとした風貌から一転、顔は青ざめ、丁寧にセットしてあった髪も乱れている。
あれからさらに何本ものボトルを空けさせられた。最後の方はもうあまり覚えていない。「めめ、ご機嫌ねえ」などと嬉しそうに笑われたのは頭の片隅で覚えているが、自分の一挙一動はほとんど思い出せなかった。
早くアルコールを吐き出して、家に帰って泥のように眠りたい。ぼんやりとトイレの床を見つめていると、近くで足音が聞こえた。
「いつもいないと思ったら、こっちにいたんだ」
重い体をのそりと起こして何とか振り向くと、扉のところにラウールが立っていた。こちらも先程までの営業スマイルはなく、体の前で腕を組んで見下ろしてきている。
「格好悪いところを見られたくないから…」
俺は更衣室やホールから近い専用トイレは使わず、いつも少し離れた場所にあるこの人気の少ないトイレに逃げ込んでいた。こんな風に床に座り込んでいる姿なんて、他のホストにもボーイにも見られたくなかったからだ。
「無理して飲むと早死にするよ」
ラウールの声が、トイレの壁に響く。
「別に…俺の勝手でしょ」
早くどこかへ行って欲しかった。なのに何故か、ラウールは立ち去らずにこちらに歩みを進めてきて、コツンと肩に何かをぶつけてきた。ぐるぐる回る視界のまま何とか見下ろすと、水の入ったペットボトルだった。
「ほら、飲んで」
「…ありがとう」
不快な口の中を水で洗い流していると、ラウールは側に屈んだまま俺の背中を優しく撫でてくる。
「一人にしてくれ。その方が楽」
俺が遠慮がちに言うと、ラウールは少し首を傾げた。
「そんなにNo.1になりたいの?」
早く立ち去ってくれないものかと思っていた時、不意に問いかけられた。ラウールはふっと余裕の笑みを浮かべていて、俺はその顔をちらりと見て再びトイレに突っ伏した。
「なってみせるよ」
「無理無理」
ラウールがあっさりと否定する。
「…何だって」
側に屈んだままおかしそうに笑っているラウールは、今日のオープンの時と変わらない一糸乱れぬ綺麗な姿のままだった。無理に酒を飲むこともなく、ガムシャラになるでもないのに、当たり前のようにNo.1の座を守り続けている。
どこに行っても何をしても、1位しか取ったことのなかった俺にとって、それは悔しくてたまらなかった。自分がこれだけ闇雲に働いて無理をしても、開いた差は縮まらない。この人と自分は一体何が違うというのか。
「知りたいなら教えてあげるよ」
ラウールが再び顔を上げる俺を見て言った。隣の男性は、背中をさすりながら片手でスマホを弄っていた。俺の視線に気付くと、「どうする?」と問いかけてくる。
「…いえ、結構。」
俺は素直に首を振った。
「そう?まあいいけど」
「俺は…」
そんな簡単にNo.1になる方法なんて、あるはずがない。悔しさのあまり、近くにいたラウールの体を思わずトイレの壁に押し付けていた。目の前の男性は表情を変えずに、間近に迫った俺の顔をじっと見つめ返している。
「絶対にラウールからNo.1を奪ってみせるよ」
「はは、酒臭いね」
ラウールは脅しに動じることもなく飄々と笑ってみせる。体を押し戻してすっと立ち上がると、スマホを触りながらトイレの出口に向かった。
「まあ、無茶して体壊さないよう気をつけて。お疲れ」
「…水、ありがとう。お疲れ」
もうじき閉店だ。そろそろ着替えに行かないといけない。ラウールの言葉が何度も頭の中をぐるぐる回っていた。
『知りたいなら教えてあげるよ』
「くそ…やめよう」
本当なら飛びついて秘密を知りたいところだったが、人に教えてもらって真似をしたようなやり方でNo.1にはなりたくなかった。あと5分したら戻ろう…。自分に言い聞かせて、ラウールにもらった水を一口含んだ。
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