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第65話「大阪へ行くなら私も行きます」
翌朝。
午前六時四十分。
森野はいつもより早く目を覚ました。
隣を見る。
相沢も起きていた。
「起きてたんですか」
「うん」
「何時から?」
「五時くらい」
「早すぎます」
「森野さんは?」
「六時くらい」
二人とも。
同じことを考えていた。
大阪。
二年。
朝食。
いつもなら。
テレビ。
ニュース。
どうでもいい話。
今日は。
静か。
相沢。
コーヒー。
森野。
トースト。
「相沢さん」
「うん」
「昨日の話」
「うん」
「会社では普通にしましょう」
「もちろん」
「まだ正式決定じゃありません」
「そうだね」
「だから」
森野。
ジャム。
塗る。
「田中さんには言わないでください」
相沢。
「分かった」
午前九時。
営業企画部。
田中。
二人を見る。
「何かありました?」
森野。
「ありません」
「早い」
「何が?」
「否定が」
相沢。
パソコン。
開く。
田中。
「けんか?」
森野。
「してません」
「昨日何か」
「田中さん」
「はい」
「仕事してください」
田中。
「これは何かある」
午前十一時。
部長。
相沢を呼ぶ。
「昨日の件」
「はい」
「大阪支社長が」
森野。
遠く。
聞こえないふり。
パソコン。
画面。
見る。
でも。
文字。
頭に入らない。
部長。
「来週までに返事ほしいって」
相沢。
「分かりました」
「無理に受けろとは言わない」
「はい」
「ただ」
部長。
少し。
声。
落とす。
「俺なら行く」
相沢。
「……」
「仕事だけ考えればな」
「はい」
「でも」
部長。
森野のほう。
一瞬。
見る。
「仕事だけで人生決める必要もない」
相沢。
部長を見る。
「珍しいですね」
「何が?」
「部長がそういうこと言うの」
「俺を何だと思ってる」
「仕事しか考えてない人」
「失礼だな」
昼。
社員食堂。
森野。
田中。
二人。
相沢は。
部長と外出。
田中。
「今日、相沢さんいないんですね」
「外出です」
「寂しい?」
「昼ですよ」
「質問の答えになってません」
森野。
味噌汁。
飲む。
田中。
「森野さん」
「はい」
「本当に何かありました?」
森野。
「……」
「顔」
「普通です」
「普通じゃない」
森野。
少し。
迷う。
「まだ」
「はい」
「誰にも言わないでください」
田中。
箸。
置く。
「分かりました」
森野。
「相沢さん」
「はい」
「大阪へ異動になるかもしれません」
田中。
止まる。
「え」
「二年」
「森野さんは?」
「私はここです」
「じゃあ」
「遠距離ですね」
田中。
珍しく。
冗談を言わない。
「どうするんですか?」
「相沢さんには行ってほしいです」
「森野さんは?」
「……」
「行ってほしい?」
森野。
答えられない。
田中。
「森野さん」
「はい」
「それ」
「相沢さんの希望ですよね」
「え?」
「森野さんの希望じゃなくて」
森野。
黙る。
田中。
「仕事を邪魔したくないっていう」
「はい」
「それは分かります」
「でも」
田中。
「森野さんがどうしたいかも」
「言ったほうがいいんじゃないですか」
森野。
「昨日」
「言いました」
「何て?」
「離れるのは嫌だって」
田中。
少し。
笑う。
「なら大丈夫」
「何がです?」
「二人で考えられます」
午後。
相沢。
戻る。
森野。
普通に。
「お疲れさまです」
「ただいま」
それだけ。
仕事。
続ける。
午後六時。
田中。
帰る。
藤堂。
帰る。
部長。
帰る。
相沢。
森野。
残る。
午後七時。
森野。
「終わりました」
相沢。
「俺も」
二人。
会社。
出る。
駅まで。
歩く。
相沢。
「今日」
「はい」
「部長から」
「聞こえました」
「来週までに返事」
「はい」
信号。
赤。
止まる。
森野。
「相沢さん」
「うん」
「大阪の仕事」
「うん」
「具体的には何をするんですか?」
「新規プロジェクトの立ち上げ」
「今の仕事より?」
「責任は大きい」
「昇進につながります?」
「たぶん」
「やりたい?」
相沢。
「やりたい」
森野。
「分かりました」
信号。
青。
歩く。
家。
夕食。
食べ終わる。
森野。
パソコン。
開く。
相沢。
「仕事?」
「少し調べものです」
「何?」
「秘密です」
一時間。
森野。
何か。
検索。
メモ。
翌日。
会社。
森野。
部長の席へ。
「部長」
「何?」
「少しお時間ありますか」
「いいよ」
会議室。
二人。
森野。
「大阪支社の件です」
部長。
「相沢から聞いた?」
「はい」
「まだ正式じゃないぞ」
「分かっています」
森野。
資料。
一枚。
出す。
部長。
見る。
「何これ」
「大阪支社の来年度の人員計画です」
「どこから持ってきた?」
「社内共有資料です」
「よく見つけたな」
森野。
「大阪支社」
指。
「営業企画職」
「一人増員予定ですよね」
部長。
森野を見る。
「お前」
「はい」
「まさか」
森野。
「私も大阪へ異動できませんか」
部長。
黙る。
森野。
「相沢さんについていく」
「という意味ではありません」
部長。
「いや」
「どう考えてもそうだろ」
「違います」
「違わないだろ」
「仕事として」
森野。
「大阪支社で」
「私にできることがあると思っています」
部長。
腕。
組む。
「森野」
「はい」
「正直に言え」
「何をです?」
「相沢と離れたくない?」
森野。
沈黙。
部長。
待つ。
森野。
「……はい」
部長。
「それでいいじゃないか」
「でも」
「恋人について異動したいなんて」
「格好悪いと思ってる?」
森野。
「少し」
部長。
笑う。
「会社員の異動理由なんて」
「親の介護」
「子供の学校」
「配偶者の転勤」
「家買った」
「いろいろだ」
森野。
「はい」
「恋人と生活続けたい」
部長。
「それも理由の一つだろ」
森野。
「でも」
「ただし」
部長。
表情。
変わる。
「異動させるかどうかは仕事で決める」
森野。
「もちろんです」
「相沢の彼女だからなんて理由では動かさない」
「はい」
「大阪で何ができる?」
森野。
資料。
出す。
準備。
していた。
「三つあります」
部長。
笑う。
「用意してたのか」
「当然です」
十五分。
説明。
森野。
大阪市場。
新商品。
取引先。
企画。
部長。
最後まで。
聞く。
「分かった」
「検討する」
森野。
「ありがとうございます」
「まだ期待するなよ」
「はい」
午後。
森野。
席。
戻る。
田中。
「どこ行ってたんです?」
「部長と話してました」
「何を?」
森野。
「秘密です」
田中。
「最近秘密多い」
夜。
自宅。
相沢。
夕食。
作っている。
森野。
帰宅。
「ただいま」
「おかえり」
「今日早いですね」
「直帰」
森野。
鞄。
置く。
相沢。
「森野さん」
「はい」
「部長と何話してた?」
森野。
止まる。
「なぜ知ってるんです?」
「部長が」
「森野と話したって」
森野。
「内容は?」
「教えてくれない」
森野。
「では秘密です」
「気になる」
「待ってください」
三日後。
午後四時。
部長。
「森野」
「はい」
「ちょっと」
会議室。
部長。
紙。
一枚。
「人事と話した」
森野。
「はい」
「大阪」
森野。
息。
止まる。
「営業企画の増員」
「予定通り一人」
「はい」
部長。
「お前を推薦する」
森野。
「……」
「ただ」
「正式な面談はある」
「はい」
「大阪側が駄目と言えば終わり」
「分かっています」
「それでも?」
森野。
「お願いします」
部長。
「分かった」
その夜。
家。
森野。
相沢。
向かい。
森野。
「相沢さん」
「何?」
「話があります」
相沢。
「怖いな」
「大阪」
「うん」
森野。
「私も」
「うん」
「異動希望を出しました」
相沢。
完全に。
止まる。
「え?」
「大阪支社に」
「森野さん」
「はい」
「何で?」
森野。
少し。
むっとする。
「分かりません?」
「いや」
「分かるけど」
「なら聞かないでください」
相沢。
「俺のために?」
森野。
「それだけではありません」
「仕事としても」
「やってみたいことがあります」
「でも」
森野。
相沢を見る。
「一番は」
「はい」
「離れたくないからです」
相沢。
何も。
言わない。
森野。
「何か言ってください」
相沢。
「嬉しい」
森野。
「それだけ?」
「すごく嬉しい」
森野。
少し。
笑う。
「なら」
「うん」
「大阪」
「一緒に行きます?」
相沢。
「まだ俺も返事してない」
森野。
「では」
「うん」
「返事してください」
相沢。
笑う。
「行きます」
「私の異動」
「決まってませんよ」
「決まるよ」
「なぜ?」
「森野さん仕事できるから」
森野。
「そういうところ」
「何?」
「好きです」
相沢。
止まる。
「今」
「言いました」
「珍しい」
「取り消します?」
「絶対駄目」
翌週。
相沢。
正式に。
大阪異動。
受諾。
そして。
森野。
人事面談。
一週間後。
結果。
大阪支社への。
異動。
決定。
営業企画部。
部長。
発表。
「来年度」
「相沢と森野」
「大阪支社へ異動」
田中。
「二人とも?」
森野。
「はい」
田中。
「二人で大阪?」
「はい」
「同じ家?」
森野。
「それは今もです」
「あ」
藤堂。
「大阪でも社内恋愛ですね」
森野。
「仕事してください」
部長。
「お前ら」
「大阪行っても」
「仕事はちゃんとしろよ」
相沢。
「もちろんです」
森野。
「当然です」
田中。
「大阪支社でも」
「会社です、って言うんですか?」
森野。
少し。
考える。
「言うと思います」
全員。
笑う。
その日の帰り。
駅。
森野。
相沢。
並ぶ。
「大阪」
「うん」
「家探さないと」
「そうだね」
「会社まで三十分以内」
「条件厳しい」
「スーパーも近く」
「はい」
「二部屋以上」
「はい」
森野。
「あと」
「何?」
少し。
間。
「二人で」
「はい」
「長く暮らせるところ」
相沢。
森野を見る。
「それ」
「うん」
「賃貸の条件?」
森野。
「……」
相沢。
立ち止まる。
森野も。
止まる。
相沢。
「森野さん」
「はい」
「大阪行ったら」
「はい」
「ちゃんと話したいことがある」
森野。
「今では駄目ですか?」
「今でもいいけど」
「じゃあ今」
「せっかちだな」
「気になります」
相沢。
少し。
笑う。
「家のこと」
「はい」
「二人で暮らすとかじゃなくて」
森野。
黙る。
相沢。
「もっと先の話」
森野。
しばらく。
相沢を見る。
そして。
「分かりました」
「大阪まで待てる?」
「待ちます」
数歩。
歩く。
森野。
「でも」
「何?」
「だいたい分かりました」
相沢。
「え?」
「秘密にするの」
「相沢さん」
森野。
少し。
笑う。
「下手ですね」
二人の東京生活は。
あと一か月。
そして。
会社で始まった恋は。
いよいよ。
最後の答えへ向かっていた。
コメント
1件
いやあ、もう、最高でした……! 森野さんが自ら異動希望を出したところでグッときました。部長に「離れたくない」って認めるシーンの自然さがいいですね。田中さんの「二人で考えられます」も名言。最後の「もっと先の話」で終わる余韻がたまりません。大阪編、すごく楽しみです!