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「なにももされてませんけど……何かあったんですか?」
エリーゼが小首をかしげると、クインツは曖昧な笑みを浮かべ、ちらりと視線を逸らした。答えに詰まるような、妙な間が生まれる。
「カ、カイルはヤバいんです。本当にヤバいんです。」
声を絞り出すように言ったクレーネは、どこか寒気でも感じているかのように両腕を抱き、肩を小さく震わせる。
隣のフード姿の小柄な女性も、うんうんと勢いよく頷いていた。まるでその記憶を否定できずにいるようだった。
「あいつ……欲の権化。欲しいものは……何をしてでも手に入れる」
フードの奥から漏れる声には、怯えが色濃く滲んでいた。
エリーゼは、その女性に見覚えがなかった。ぽかんと目を瞬かせながら彼女をじっと見ていると、彼女はフードを少しずらして顔を上げた。
「私のこと……覚えてないの……?」
視線が合ったのも束の間、彼女は切なげに目を伏せる。エリーゼは慌てて手を振り、必死に記憶の糸を手繰った。
「違います!そんなことないですよ!あのーほらー……」
言葉に詰まり、笑って誤魔化そうとするが、逆効果だった。
「やっぱり覚えてないんだ……」
フードの女性は、目を伏せたまま、しゅんと肩を落とした。
「彼女はメンバーのサリーです。騎士団の訓練に参加した時、一緒にいましたよ。」
クインツが静かに補足する。エリーゼは「あっ」と声にならない声を漏らした。
「でも、サリーは影が薄いからあまり、気づかれないんですけどね。」
クインツが冗談めかして場を和ませようとすると、サリーはむすっとした顔で彼を睨んだ。
「おい、クインツ。私は影、薄くない。他のみんなが目立ちすぎるだけ」
その反論にクインツは苦笑し、肩を竦める。
「今はマシになった方ですよ。カイルのおかげで人見知りが改善されたんです。」
そう言った瞬間、サリーの顔色が引き、体がびくんと跳ねた。
「欲求の塊の話…….聞きたくない……」
震える声が、かすかに空気を揺らす。
「皆さんはカイルさんに何をされたんですか?」
エリーゼの問いかけに、クインツ以外の三人が一斉に反応した。体がピクリとこわばり、息を呑む音すら聞こえそうだった。何かを、鮮明に思い出したのだ。
瞳の奥に、消えない影が差している。
「あはは……まぁ色々あったんですよ。」
クインツが間を埋めるように笑ったが、その笑みにはどこか、苦味が滲んでいた。
その時。
ガラッと勢いよく扉が開いた。喧騒を押し割るようにして、カイルとゼリアが現れる。
「げ!本当にカイル来てんじゃん!もう行こう!」
イレシアが即座に立ち上がり、テーブルを引く音が続いた。まるで反射的に逃げるかのように、クレーネ、サリーも続いて席を離れ、足早に出口へと向かっていく。
カイルは一瞬きょとんとした顔でその背中を見送り、それからいつもの調子で叫んだ。
「イレシアちゃん達!また一緒に遊びに行こうぜ!!」
その言葉に、誰よりも早くイレシアが振り向きざまに怒鳴った。
「誰が行くか!」
サリーはその腕を引かれるようにして外へ出ながら、かすれた声で呟く。
「行ったらまた……トラウマが増える……」
クレーネは涙を堪えるように唇を噛みしめ、走っていた。
「もう嫌だ……プライドをズタボロにされたくないのよ……」
三人の背中が、早足で闇の通りに消えていく。
カイルはというと、にやにやと笑いながらそれを見送っていた。
「まったく素直じゃないねぇ」
かつての“楽しい思い出”を反芻するように、いやらしい笑みを浮かべたまま、クインツの方へと近づいていく。
「今日のダンジョンではすごい活躍をしたそうだね。」
クインツが声をかけた瞬間、カイルの表情がパッと華やいだ。胸を張り、得意げな笑みを浮かべる。
「まぁね。俺にかかれば大したことないのさ。」
「お前クインツさんに失礼だぞ!」
すかさずゼリアが声を荒げ、カイルを睨みつけた。だが、クインツは穏やかな表情でその場を和ませるように口を開く
「私とカイルは友達なんだ。気にしなくても大丈夫ですよ。」
その一言に、ゼリアとエリーゼの目が同時に見開かれた。
彼女たちは、クインツという男の実力をよく知っている。
ヴァルムンク流剣術の五式を極め、上級魔法も自在に操る。
最年少でAランク冒険者に昇格し、王都の貴族とも顔が利く。
王国騎士団長の後継者候補として名が挙がる、まさに規格外の男。
その彼が、目の前の、このクソクズと友達?
常識が揺さぶられたような衝撃に、言葉を失う。
「なにをして、お前はクインツさんと知り合えたんだ……」
ゼリアがぽつりと呟く。カイルは、なぜ皆が驚いているのかまるで理解しておらず、ぽりぽりと頭をかいた。
「なんでそんな驚いてんの?コイツそんなすごいの?」
「凄いっていうものじゃありません。団長の後継者候補になれるって言われるほどの実力の持ち主なんですよ。」
エリーゼが真剣な口調でそう返すと、クインツは困ったように、だがどこか嬉しそうに微笑んだ。
「私なんかより、エリーゼさんの方が才能はあるじゃないですか。あなたは他の候補者よりも必ず強くなれる。」
「クインツさんと比べれば足元にも及びません。」
エリーゼはうつむき、声を低くする。言葉の続きが重たく口元に残ったまま。
「それに……」
言いかけたところで、クインツがやんわりと話を切った。
「その件はなんとかなります。大丈夫ですよ。」
一瞬、空気が張り詰めた。ゼリアがそっとエリーゼの横顔を見て尋ねる。
「なにかあるんですか?」
だがエリーゼは首を振ることもせず、黙ったままだった。
沈黙が落ちる前に、クインツが席を立つ。
「私は失礼します。カイル、また会う機会があると思うからその時にたくさん話そう。」
「出来れば女の子、沢山連れて来てくれ!!」
悪びれずに言い放つカイル。その言葉にクインツは肩をすくめて笑う。
「性格良くしたら、考えてあげるよ。」
「うるせぇ!お前より性格いいわ!」
笑いながら手を振り、クインツは店を後にする。扉を閉めた後、しばし立ち止まって夜空を仰いだ。
星が滲むように煌めいていた。
「もう待たなくていいんですよね。」
かすれた声で、誰にも届かない独白を落とす。視線の先、空を滑る一筋の光が尾を引いた。
「おーい!早くこないと先に行くよ!」
振り返ると、イレシアが手を振っている。明るく、どこか嬉しそうに。
「今行くよ。」
クインツは穏やかな笑みを浮かべて歩き出した。仲間たちのもとへ、いつものように軽やかに。
「この辺の店は美味しいもんばっかだねぇ。」
カイルが満足げに腹をさすり、重たい足取りで夜道を歩いていた。街灯の下、涼しげな夜風が頬を撫でる。心地よさにカイルはふうっと鼻を鳴らす。
「明日もよろしく。」
そう言って振り返った彼に、エリーゼは何も返さない。足を止めて、じっと立ち尽くしていた。
「どうしたの?」
声をかけると、エリーゼはハッとしたように顔を上げる。
「え?……あ、すいません!」
ぎこちなく笑いながら、彼女は再び歩き出した。だが、どこか上の空だった。足取りは重く、俯いた横顔には、寂しさが滲んでいる。
そんな様子に気づいたカイルは、ゼリアの肩を軽く肘で突き、こっそりと顔を寄せた。
「なんかあったの?」
声を潜めて問う。ゼリアもちらりとエリーゼの背中を見やる。
「私にも分からないんだ。」
「じゃあ今度なんかあったら、俺に教えてよ。」
「……あぁ。」
一拍遅れて、ゼリアは小さく頷いた。
すると、エリーゼが不意に振り返り、二人の間にすっと入り込んでくる。微笑んではいたが、その笑顔にはどこか硬さがあった。
「二人で何を話してるんですか?」
「明日なんのクエスト受けようか考えてたのよ。」
ゼリアがすぐに応じる。
「カイルさんは熱心ですね!さっきまで文句しか言ってなかったのに。なにかあったんですか?」
問いかけるエリーゼに、カイルは拳を握りしめ、勢いよく語り出す。
「俺はクインツみたいにモテモテなって、あいつに格の違いを見せつけてやるんだ!!」
「それは無理だと思うが……」
ゼリアがあっさり切り捨てるように吐き捨てると、カイルの顔がみるみる怒りで赤くなった。
「うるせぇ!ゼリアもクインツ派なのか!?俺、主人公なんだぞ!!」
「何を言ってるか分からないが、お前みたいなクズがクインツさんに肩を並べるなんてどう考えても無理だろ。」
容赦ないゼリアの返しに、空気がぴりついたが
「まぁまぁ、二人ともそこまでにしときましょう。」
エリーゼが柔らかく声をかけた。今度の笑顔は自然だった。場を和ませようとする彼女の気遣いに、二人はようやく気を緩める。
「明日もギルドに集合しましょうか。」
「分かりました。では、私はここで失礼します。カイル、お前はあまり調子に乗るなよ。」
ゼリアが背を向けながらそう言い残す。
「あーあ!せっかく、ヒロイン候補にしてたのに!もういいよ。ゼリアはもう女として見ません!!」
怒り混じりのカイルの叫びに、ゼリアは振り返らずにため息をひとつ吐いた。
「はぁ……」
それだけ残し、手を軽く振って去っていく。エリーゼにだけ、丁寧に一礼して。
「まったく、俺と冒険することがどれだけ凄いことなのか、分からないのかねふぇ」
鼻を鳴らして嘆くカイルに、エリーゼは小さく肩をすくめる。
「まぁ、そういうときもありますよ」
とりあえずの相槌だったが、その対応には、彼女なりの優しさがあった。
ホテルの部屋に戻ったカイルは風呂を済ませた後、ソファで雑誌を開きながらニヤけていた。
「いやー可愛いねぇ!」
ページをめくる指先が興奮気味に動く。そこには、夏の浜辺ではしゃぐ水着姿の女の子たち。キラキラとした水しぶきの中で、笑顔が弾けている。
次のページを開くと彼の目的が現れた。
「最高っす好きだー!!」
黒い猫耳をつけた、ショートヘアの女の子。黒い水着に身を包み、前のめりになってこちらを見つめるポーズ。胸の谷間が、中心にどっしりと存在感を主張していた。
「とにかく好きだー!!」
顔を赤らめ、鼻息を荒げながらさらにページをめくる。
制服が水に濡れて、うっすらと透けている。別のにゃんパフのメンバーが、まるで演出されたかのように自然な笑みでそこに立っていた。夏の陽射しが肌に光を落とし、光と影が美しさを際立たせる。
「今日はここまでにするか。」
自制心が限界を迎え、カイルは雑誌を閉じた。身体に溜まった疲労が、興奮とともに押し寄せてくる。
「ゼリアってにゃんパフのメンバーに似てるなぁ…….」
思わずそんなことを呟き、ゼリアの水着姿を想像しながら、満足げに布団へと潜り込んだ。
*
一方その頃──
エリーゼはベランダに出て、星空を眺めていた。
「もうすぐですか……」
誰にともなく問いかけるように、吐息混じりの独白。細い指が胸元でぎゅっと握られる。
──コツン
部屋の扉がノックされた。
誰だろ、こんな時間に
疑問を抱きつつも、エリーゼは小走りにソファから立ち上がり、玄関へと向かう。
扉を開けると、そこには、エリーゼの父、シュバルツが立っていた。
普段のような鎧姿ではなく、落ち着いた緑の無地の服に身を包んでいる。
「いきなりで、すまない。すぐに言わなきゃいけないことがあるんだ。」
その声には、いつもと違う焦燥と切実さがあった。
「入って。」
エリーゼは促すように言い、ベッドに腰を下ろす。シュバルツも隣に座り、わずかに間を置いたあとで彼女を見つめた。
「どうしたの?」
エリーゼの声は静かだったが、その目は強い意志を秘めていた。