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朝だった。
世界が終わる前なら、ピザを焼く匂いと開店準備の音が響いていた時間。
今では廃墟のビルの一室が、二人の拠点になっている。
窓の外には崩れた街並み。
遠くではゾンビの唸り声が聞こえる。
そんな終末の朝でも、変わらないことが一つだけあった。
⸻
「おはよう、ピザガイ」
エリオットが寝袋から顔を出す。
長い金髪は寝癖で跳ねている。
青い瞳はまだ眠たそうだ。
そして。
頭に乗っている赤いバイザーは、今日もしっかり曲がっていた。
右へ。
盛大に。
「……」
ピザガイは無言になる。
毎日だ。
本当に毎日だ。
なぜこうなるのか理解できない。
「どう?」
エリオットは得意げだった。
「何がだ」
「かっこいい?」
「曲がってる」
「えっ」
「曲がってる」
「また?」
「まただ」
エリオットは頭を触る。
確かに曲がっていた。
それもかなり。
「おかしいなあ」
「おかしいのはお前だ」
「ひどい」
⸻
ピザガイは深いため息を吐いた。
そして当然のように手を伸ばす。
大きな手。
銃を握るために鍛えられた指。
その手がエリオットの額に触れる。
バイザーの位置を直すために。
ただそれだけ。
本当にそれだけの行為だった。
だが。
エリオットは少しだけ息を止める。
ピザガイの指先が金髪をかき分ける。
額をなぞる。
耳の近くを掠める。
ほんの数秒。
それだけなのに。
「……」
エリオットの口元が緩む。
自然と。
どうしようもなく。
「動くな」
「うん」
「じっとしてろ」
「うん」
妙に素直だった。
あーうんがってん承知の助(?)
172
ゆゆゆゆ
ピザガイは気づかない。
気づいていたとしても認めない。
エリオットがこの時間を好きなことを。
毎朝楽しみにしていることを。
⸻
「よし」
バイザーが真っ直ぐになる。
ピザガイは手を離した。
だがエリオットは少し残念そうだった。
ほんの少しだけ。
「終わり?」
「終わりだ」
「もうちょっと曲がっててもよかったのに」
「駄目だ」
「なんで?」
「見づらい」
「僕は平気だよ」
「俺が気になる」
ピザガイは即答した。
エリオットは一瞬きょとんとする。
それから。
ふわりと笑った。
柔らかく。
穏やかに。
終末世界には似合わないほど優しい笑顔だった。
「そっか」
「何だ」
「なんでもない」
⸻
ピザガイは怪訝そうに眉をひそめる。
だが追及はしなかった。
エリオットも説明しない。
言ったらきっと逃げられる。
照れてしまう。
だから秘密だ。
自分のバイザーが毎日曲がる理由も。
本当は気づいている。
寝癖のせいじゃない。
急いでいるからでもない。
少しくらいなら自分で直せる。
でも。
ピザガイが直してくれるから。
だから毎朝そのままにしている。
⸻
「行くぞ」
ショットガンを肩に担ぐピザガイ。
「はーい」
エリオットもライフルを持ち上げる。
二人は並んで廃墟の階段を下りていく。
その途中。
ピザガイは不意に視線を感じた。
横を見る。
エリオットが笑っている。
まただ。
妙に嬉しそうな顔。
「……なんだ」
「ううん」
「なんだ」
「秘密」
「気持ち悪い」
「ひどいなぁ」
エリオットは楽しそうに笑う。
朝日が金髪を照らしていた。
そしてその頭には。
今日も真っ直ぐになった赤いバイザーが乗っていた。
まるで二人を繋ぐ、小さな約束みたいに。