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あーうんがってん承知の助(?)
172
ゆゆゆゆ
雨が降っていた。
灰色の空。
崩れた高層ビル。
割れたアスファルト。
かつて賑わっていた大通りは、今やルナティックとゾンビの徘徊する死の領域になっている。
そんな街を、二人は慎重に進んでいた。
「静かだね」
エリオットが小声で言う。
「だから危険だ」
ピザガイは周囲を警戒したまま答えた。
静かすぎる。
こういう時ほど何かが起きる。
二人とも知っていた。
何度も経験してきたから。
⸻
崩れたコンビニの横を通った時だった。
ガラスの割れる音。
鋭い咆哮。
「ッ!」
ルナティック。
四足歩行の異形が、二階の窓から飛び出してきた。
速い。
あまりにも速い。
エリオットが反応するより先に、その爪が喉元へ迫る。
死。
ほんの一瞬、そんな言葉が脳裏を過った。
だが。
その瞬間。
「エリオット!!」
轟音のような声。
そして。
巨大な衝撃。
⸻
気付けばエリオットは地面に倒れていた。
いや。
正確には違う。
誰かに押し倒されていた。
覆い被さるように。
守るように。
逃がさないように。
強く。
強く。
抱きしめられていた。
⸻
「……っ」
エリオットが瞬きをする。
目の前には赤い制服。
見慣れた赤いシャツ。
銀髪。
広い肩。
ピザガイだった。
ルナティックの突進をまともに受け止め、その勢いのままエリオットごと地面へ転がったのだ。
「大丈夫か」
低い声。
近い。
近すぎる。
というか。
密着している。
ものすごく。
⸻
ピザガイの腕がエリオットを囲んでいる。
まるで壁だった。
いや。
鎧かもしれない。
ルナティックの爪から守るための。
生き残るための。
そんな必死の防御。
なのに。
エリオットの意識は別のところへ向いてしまっていた。
⸻
近い。
すごく近い。
熱い。
ピザガイの体温がそのまま伝わってくる。
厚い胸板。
硬い腕。
肩越しに漂う火薬と雨の匂い。
そして。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
心臓の音。
⸻
力強い鼓動だった。
戦い続けてきた男の心臓。
大きくて。
頼もしくて。
不思議と安心する音。
エリオットの耳元で鳴り続ける。
まるで。
「ここにいる」
そう伝えてくるみたいに。
⸻
「怪我は」
「ない」
「本当にか」
「うん」
エリオットは答える。
だが声が少し上擦った。
ピザガイは気付かない。
戦闘中だから。
必死だから。
だから分からない。
自分の腕の中で、エリオットの顔が真っ赤になっていることに。
⸻
ドクン。
ドクン。
ドクン。
心臓が鳴る。
どちらの心臓か分からないくらい近い。
エリオットはぼんやり考えた。
世界は終わっている。
明日死ぬかもしれない。
ルナティックは増え続けている。
状況は最悪だ。
なのに。
なのに。
⸻
(このままでもいいかも)
⸻
そんなことを思ってしまった。
⸻
「エリオット」
「ん?」
「離れるぞ」
「えっ」
思わず残念そうな声が出た。
ピザガイが眉をひそめる。
「なんだその声」
「なんでもない」
「変だぞ」
「気のせいだよ」
⸻
ピザガイは納得していなかった。
だがその時。
再びルナティックが飛びかかってくる。
「後ろ!」
エリオットが叫ぶ。
ピザガイが即座に銃を構える。
発砲。
轟音。
異形の身体が吹き飛んだ。
戦闘が再開される。
いつものように。
⸻
だが。
立ち上がった後も。
エリオットはこっそり自分の胸に手を当てていた。
心臓がうるさい。
撃たれたわけでもないのに。
怪我をしたわけでもないのに。
妙に落ち着かない。
⸻
前を歩くピザガイは何も知らない。
ただ当然のようにエリオットの前へ出る。
危険から守るように。
敵を警戒するように。
昔からそうだった。
ピザ屋で働いていた頃も。
世界が終わった今も。
変わらない。
⸻
エリオットは小さく笑った。
そして誰にも聞こえない声で呟く。
「……ずるいなぁ」
守った本人は何も覚えていないだろう。
ただ助けただけ。
ただ庇っただけ。
そんなつもりなのだろう。
けれど。
抱きしめられた側は違う。
あの熱も。
鼓動も。
腕の強さも。
しばらく忘れられそうになかった。
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