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璃杜りとは快くOKしてくれました。……玉木たまきさん、お聞きのように僕は高嶺尽その男とは違って身持ちの堅い妻帯者です。家には愛する妻だけではなく可愛い娘も待っています。泊まりに来るなら断然我が家の方が安全だと思いませんか?」

電話を切るなり、今までは天莉あまりを放置して自分を説得対象にしていたはずの直樹なおきが、先程までの甘々な雰囲気とは一変。

きりりとしたいつも通りの声音で天莉にそう声を掛けるから。


じんは正直焦らずにはいられなかった。


だって――。


あろうことか、尽が何度誘ってもかたくなに泊まりを拒否していた天莉が。

まるで直樹の声のギャップと、家族持ち安全牌あんぜんぱいマジックにかかったみたいに「はい」と答えてしまっていたからだ。



「――待ちなさい、玉木さん。別に直樹なおを悪く言うつもりはないが、よく知りもしない男の言葉をそんな簡単に信じて……そう易々と宿泊をOKするのはどうかと思うぞ? 上司として老婆心ながら言わせてもらおう。ひょっとしてキミは今、体調不良で危機管理能力が鈍っているんじゃないかね?」


「えっ……?」


キョトンとした顔で自分を見上げてきた天莉から、『お言葉ですが高嶺たかみね常務。……それ、思い切りブーメランだと思うんですが』と言われかねないセリフを吐いて。


自分でもそんなこと百も承知だった尽は、天莉がそう反論してくる隙を与えないよう、すぐさま彼女に伊藤家への宿泊を考え直すよう畳み掛けるべく、物理的にも詰め寄ろうとしたのだけれど。


「尽。それ、お前にだけは言われたくないんだけど?」


忌々いまいましいことに、直樹の方からもっともな反論をされて。

そればかりかさり気なく天莉との間に割って入られてしまった。


そうしてそのついで。


スッと耳元に唇を寄せられて、

「尽。これ以上不用意に彼女へ触れてみろ。僕だってお前を守り切ってやれる自信はないからな? 今そんな馬鹿な真似をしてにつけ入るに隙を与えてやるだなんて、お前はどれだけお人しなの?」



そうささやかれてしまっては、引き下がらざるを得ないではないか。


(クソッ!)


そのを自分から遠ざけるためにも!

目の前のだというのに。


何というジレンマだろうか。



それでも諦めきれない尽が、「なぁ直樹なお。だったらあれだ。俺も今夜はお前んに――」と提案してみたのだけれど。


「馬鹿が。これ以上愛する璃杜りとの負担を増やすような真似、僕がすると思うか?」


そう一蹴いっしゅうされて、そのついで。


「それにお前んと違って、うちは部屋数が限られてるからな。残念ながら客人を二組も泊められるような空き部屋はないんだ。――いさぎよく諦めろ」


物理的な追い討ちまで掛けられてしまった。


取り付く島もないとはまさにこのことだと思った尽だ。


だが、尽にだって尽なりの大義名分がある。

そう簡単に引き下がれないのもまた事実なのだ。


何しろ尽はまだ、天莉と結婚の話を詰められていないのだから。


中途半端にめとりたいと告げたままになっているのは非常にまずいではないか。


予定では家へ連れ帰ってからじっくり懐柔するはずだったのに――。


(何か色々と大誤算だ)


まさか直樹が天莉を自分の家へ連れ帰ると言い出すだなんて思わなかった尽だ。


自宅へ戻ればこういう日のために備えてあった婚姻届もあって、天莉を捕らえる準備は万端だったのだが、この際それは後でも構うまい。



(とりあえず玉木さんともう少し話す時間を作ることが先決だ)


そう思った。



***



「なぁ直樹なお璃杜りとの負担にはならんと約束するし、食事だって俺のは自分で用意する。何なら玉木さんの飯も俺が用意したっていい。――あと……部屋の問題はあれだ。俺はと一緒でも構わないから」


何の気なし。

直樹と璃杜りとの娘の名を出した途端、直樹に「お前のような野獣をふわりと一緒に寝かせられるか!」と却下されてしまう。


「いや、ちょっと待て。三歳児に手は出さんぞ?」


売り言葉に買い言葉。そんなに考えもせずそう言って、ハッとしたように天莉を見た尽だ。


今の言い方だと、まるで女遊びが男のたしなみのひとつみたいに思われてしまいそうではないか。


だが、幸いと言うべきか。

天莉はそれよりも〝ふわり〟に心をとらわれたらしい。


「お嬢さんのお名前、ふわりちゃんっておっしゃるんですか? すっごく可愛いですっ」


自分たちの雰囲気に気圧けおされて、ずっと押し黙っているだろうと思っていたのに。


じん天莉あまりに視線を向けたのもあったのだろうが、ホワンと頬を上気させて。突然二人の会話に割って入ってきた天莉に、直樹なおきが一瞬だけ驚いて瞳を見開いたのが分かった。


(いや、だがこの流れ、絶対まずいだろ……)


尽がそう思ったと同時。


「玉木さん……」


尽を押し退けるようにして、直樹がソファに寝そべったままの天莉に一歩近づいた。


そうしてひざを折って天莉に視線を合わせると、「ふわりって名前は僕の妻が付けたんですけどね」と口火を切って。


「……起きられますか? 少しお身体に触れますね」


だのなんだの声を掛けながら、天莉をそっとソファの背もたれにもたれ掛けさせるようにして抱き起こすと、天莉が起き上がったことでずり落ちた尽の上着を彼女のひざにそっと掛け直した。


そうしておいて――。


尽には散々天莉に触れるなと釘を刺したくせに、やや興奮気味。


天莉の手首をそっと握ると、彼女の小さな手のひらの上に爪先を短く切りそろえた人差し指で、サラサラッと文字を書きながら説明を始めてしまう。


「表記はこんな風にひらがなで〝伊藤ふわり〟って書くんですけどね、見た目も響きもとっても柔らかい感じがして……妻に似て愛らしいうちの娘にホントぴったりだと思うんです」


とか何とか親バカを炸裂させるのだ。


「私、女の子のひらがなの名前、優しい感じがして大好きなんです。私もひらがなで〝あまり〟の方が良かったっていつも思ってるくらいなので」


「玉木さん、キミはなんて話の分かる女性なんだっ。――先程は緊急事態とは言え突き飛ばすような真似をして本当に申し訳ありませんでした。どこにもお怪我はないですか?」


ずっと天莉の前にひざを折ったままの直樹の視線が、明らかに今までとは違ってやわらいでいるのを見て尽はグッと奥歯を噛みしめた。


(この家族大好き男がっ)


毎度のことながら直樹は家族のことになると日頃の冷静さが嘘みたいに見境がなくなってしまう。


それが分かっていながら、つい直樹の気迫に押されて出遅れてしまったことを、この上なく悔しく思った尽だ。


「おい、直樹なお


尽は苦々しい思いでそんな直樹の肩をグッと掴んだ。



***



(あれ? 怖く、ない……?)


さっき感じた悪寒が嘘みたいに直樹なおきから消えていることに驚いた天莉あまりだ。


(これって。私が……お嬢さんのお話をしたから、だよ……ね?)


直樹の娘の名が、あんまり自分好みな名前だったものだからつい反応してしまった。いつもならこんなことあり得ないのだけれど、体調不良でどうかしていたらしい。


子供の話になるや否や嬉し気に食いついてきた直樹に、いきなり手首を取られて手のひらに指を這わされた時には正直物凄く驚いた。


でも、じんのように異性としての下心が微塵も感じられなかっただろうか。


直樹から手を握られていることに、天莉はちっともドキドキしなくて――。


結果握られた手を奪い返すことも忘れて、直樹の説明に聞き入ってしまった。


恋人でもない男性と過度な接触をすることに、ある意味潔癖とも言えるぐらいの過剰反応をしてしまう自分にしては珍しいリアクションだったかも、と我ながら驚いた天莉だ。


(……そう言えば身体を起こされた時も、変に意識しなかったな)


あらかじめ抱き起こすために触れると宣言されていたからかも知れないけれど、何ていうか伊藤直樹という男性は、一事が万事〝男〟を感じさせない人だなと思ってしまった。


それはきっと――。



本当ほんっとお前ってやつは家族が絡むと押さえがきかなくなるな」


そう。

今、目の前で呆れたようにじんが言った、その一言に尽きるのだ。


直樹なおきが好きなのは妻の璃杜りとだけだと思えるから……天莉あまりは直樹に対して微塵も異性としての危機感を覚えずに済む。


見た目こそ、二人ともスーツの似合う美丈夫と言った尽と直樹だが、尽からはこんな風に距離を空けていても尚、気まずいくらいのセックスアピールを感じてしまうのに。


直樹からはどんなに距離が詰まってもそれを感じない。


(あんな風に一途に想ってもらえる奥様は幸せね……)


ふとそんなことを考えた途端、博視ひろし紗英さえのことを思い出してしまって。

天莉はズキッと刺すような胸のうずきに、鼻の奥がツンと痛んだ。


(ダメ……)


幸い、今二人の視線は天莉に向いていない。

こちらを向かれる前に、瞳にジワリと張った涙の膜をどうにかしないと……。


そんな風に思ってソファの上。

天莉は身じろぎ出来ないまま、瞬きの回数を極力抑えて涙がほほを伝い落ちてしまわないよう頑張った――。



***



背中越し、ふと天莉あまりの方を見たじんは、彼女が必死に涙をこらえていることに気が付いた。


粗方あらかた何かをきっかけに、元彼のことでも思い出したに違いない。


そう思ったら、何だか物凄くムカムカしてきてしまった。


尽は視線だけで直樹に、『今から俺がすることに一切口を挟むな』と釘を刺すと、気持ちを切り替えるように小さく吐息を落とした。


そうして――。



「なぁ、


尽は天莉が腰かけたソファの背もたれに片手を突いて彼女の耳元に唇を寄せると、あえて〝天莉〟と下の名前で呼び掛けて、彼女にだけ聞える程度の声音で続ける。

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