テラーノベル
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週末。るかは朝からそわそわしていた。
制服の上に羽織る指定のパーカー、
目元のメイクはいつもより薄く、
髪も少し、きっちり整えている。
「学校、文化祭なんだってな」
「……うん。クラス出し物あるし、行かなきゃ」
「見に来てほしい、とかは……?」
るかはコーヒーを飲みながら、
視線だけで「は?」と言った。
「いや、来てもいいけど……別に楽しくないと思うし」
「そっか」
「あと……知り合いに見られるの、めんどくさい」
「俺の存在が?」
「……そういう言い方やめて」
「ごめん」
「……じゃ、行ってきます」
「いってら」
バタン、と玄関が閉まった。
そのあと、5分くらいぼーっとして、
俺は支度をはじめた。
⸻
最寄り駅から3駅。
るかの通っている高校は、駅から少し坂を登ったところにある。
派手すぎず地味すぎない、普通の私立校。
だけど、るかの制服姿がそこにあるって思うと、
なんだか不思議な気分だった。
校門前では、チラシを配る生徒たちが元気に声を出していた。
俺は「保護者っぽい顔」をして、校内へ。
⸻
るかのクラスは3年4組。
出し物は「ゆるホラー脱出ゲーム」。
教室の前に、列ができていた。
俺は気づかれないように、帽子を深くかぶって並ぶ。
廊下には、クラスメイトらしい女子たちの声が飛び交っていた。
「るか、案内役すごいハマってるよね」
「びっくりするほど無表情で案内してくる」
「てか、制服めちゃ似合うな〜あの子」
聞こえた名前に少し、胸がざわつく。
でも、褒められてるのがなんか、うれしかった。
⸻
教室の中は、黒いビニールで仕切られた簡易迷路。
中に入ると、やたら薄暗く、音だけで演出されていた。
そして、曲がり角の先。
「……こちらへどうぞ」
そこに、案内役のるかがいた。
表情は淡々としていて、
声も静かで抑えめ。
でも俺は、その声をすぐにわかった。
帽子のつばを下げて、気づかれないように、
「知らないふり」をして進んでいく。
るかは、ちゃんと“案内役”をしていた。
誰にでも、同じトーンで、同じセリフで。
なのに、それが少しだけ――
遠く感じた。
⸻
脱出ゲームが終わり、外に出る。
俺は校内をもう少しだけ歩いて、
写真部の展示や、購買の特設コーナーをのぞいたあと、
静かに学校をあとにした。
⸻
夜。
帰ってきたるかは、少しだけ疲れた顔をしていた。
「おつかれ」
「……うん。足痛い」
「そっか。おつかれさま」
「……」
「……なんか?」
「……チョコミント買ってきてくれてたら許す」
「買ってきたけど、何を許されたのかわからん」
「別に。なんでもない」
るかはソファに座り込んで、
袋からアイスを取り出した。
俺は、あのときの案内役の声を思い出していた。
あんな風に、誰にでも同じ顔ができる子なのに。
俺にだけ、文句を言ったりするの、
ちょっとだけ、特別っぽい。
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