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side 元貴
それは、大型ショッピングモールでの
公開イベントだった。
吹き抜けの会場。
上の階までぎっしりな人。
ざわめきが波みたいに押し寄せる。
僕はステージ裏で、そっと手を握る。
(多いなぁ……っ、、)
分かっていた。
仕事だし、仕方ない。
でも、 想像より、ずっと多い。
若井が肩を叩く。
「大丈夫?」
僕はすぐ笑う。
「うん、平気」
嘘。
でも言えない。
涼ちゃんも優しく言う。
「終わったらみんなでアイス食べよーね」
僕は頷く。
「うん、そうだね。楽しみ」
本当は、今すぐ帰りたい。
ステージに出る。
歓声。
音が、壁みたいにぶつかってくる。
ライトが眩しい。
人の顔が無数に見える。
逃げ場がない。
(だめ)
呼吸が浅くなる。
でも喋らなきゃ。
「今日は、来てくれてありがとうございます」
声は出ている。
でも手が震える。
若井がちらっと僕を見る。
(緊張してる?)
そう言っているような目。
涼ちゃんも気づく。
(顔、白い)
そんなふうに、心配する目。
トークが進む。
拍手。
笑い声。
ざわめき。
音が大きくなっていく。
視界が少し狭まる。
息が、うまく吸えない。
(吸ってるのに、足りない)
胸が締めつけられる。
指先が冷たい。
涼ちゃんが小声で言う。
「元貴、大丈夫?」
僕は笑おうとする。
「うん」
でも声が震える。
次の瞬間。
目の前がぐらっと揺れる。
若井がすぐ腕を掴む。
「元貴!?」
呼吸が速い。
浅い。
「っ……は、っ」
吸えない。
吸ってるのに。
吸えない。
観客がざわつく。
スタッフが近づく。
涼ちゃんの顔が青ざめる。
「ゆっくり呼吸しよっか」
若井が低く言う。
でも僕の耳に届かない。
視界が暗い。
音が遠い。
怖い。
「……ッ、ごめ、」
かすれた声。
若井が即座にマイクを外す。
「すみません、少し外しますね。」
落ち着いた声。
でも腕は震えている。
涼ちゃんが僕の手を握る。
「僕のこと見て」
舞台袖へ。
人の波から離れる。
でもまだ息が荒い。
「は、っ、は……」
過呼吸。
二人はこの姿を初めて見るはずだ。
若井の頭はもう真っ白。
(どうすれば……)
って、そんな顔してる。
涼ちゃんは必死に僕に声をかける。
「ゆっくり、僕に合わせて」
自分の呼吸を大きくする。
「吸って……吐いて」
僕はうまくできない。
涙が出る。
「こわ、い……ッ、」
小さな声。
若井は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「怖くないよ」
自分に言い聞かせるみたいに。
僕の背中をさする。
「俺たちがいる」
涼ちゃんも額を合わせる。
「大丈夫、大丈夫」
何度も繰り返していくうちに
少しずつ 呼吸が落ち着いてくる。
震えが弱まる。
僕は力が抜けて、二人にもたれかかる。
「……っは、、ごめん」
若井がすぐに言う。
「謝らないで」
声が少し強くなる。
でも怒ってない。
自分に腹が立ってるみたいだ。
「…なんで言わなかったの?」
僕は目を伏せる。
「……言ってなかった、っけ?」
涼ちゃんが静かに聞く。
「……人多いの、苦手なの」
指が震える。
「昔、パニックになって……」
小さい頃の記憶。
言いたくなかった。
迷惑をかけたくなかった。
「仕事だし、我慢できると思ってた」
若井の拳がきゅっと握られる。
「俺たち、知らなかった」
その事実が痛い。
涼ちゃんが優しく言う。
「隠さなくていいんだよ」
目に涙が溜まる。
「……嫌われるかと思った」
若井が即答する。
「ありえない」
涼ちゃんも言う。
「僕たち、知らない方が怖い」
沈黙。
僕は二人を見る。
本気で心配してる顔。
怒りじゃない。
不安。
「次からは言うね」
小さな約束。
若井が頷く。
「無理な仕事はちゃんと断るから言って」
「っ、ぇ、、でも」
「でもじゃない」
優しいけど強い。
涼ちゃんが微笑む。
「三人でやる仕事なんだから」
その言葉で。
胸の奥の緊張がほどける。
僕はそっと二人に寄りかかる。
「じゃあ今は、ちょっとだけこのまま」
若井が背中を支える。
「好きなだけ」
涼ちゃんが手を握る。
「呼吸、僕に合わせて」
ゆっくり。
吸って。
吐いて。
三人の呼吸が重なる。
人の波はまだ外にある。
でも、 ここにはない。
僕は小さく呟く。
「二人がいてよかった」
若井が答える。
「俺たちも」
涼ちゃんも笑う。
「これからは、ちゃんと教えて」
僕は頷く。
もう、隠さない。
三人でいる意味を、やっと知った夜だった。