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芙月みひろ
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#虐げられヒロイン
【終わったら連絡して。迎えに行く】
麻耶は終わったことを伝えるメッセージを送ると急いでいつもの待ち合わせ場所に向かった。
すでに来ていた芳也の車に乗り込むと、麻耶は芳也を見た。
「どうしたんですか?急に迎えに来てくれるとか」
「珍しいだろ?俺の方が早いって。最近休みもなかったし」
ずっと仕事に追われている芳也を見ていた麻耶も、その言葉に頷いた。
「2次会はいかないですもんね?」
クスクス笑った麻耶に、
「当たり前だろ?兄貴の2次会は恥ずかしいしいいよ」
「いいお式でしたね」
「ああ、麻耶、ありがとう。お疲れ様」
麻耶の右手を握ると、芳也はニコリと笑った。
「いいえ。無事終わってよかったです」
「風船もキレイだったな」
「はい!嬉しくなっちゃった」
ふふっと笑ったあと、麻耶は言葉を続けた。
「宮田の息子さんということ話してよかったんですか?」
「兄貴からも聞かれて俺が良いって言ったんだ。もうわだかまりもないし、ミヤタの名前は使いたくないって思ってたのは、俺の自己満足のようなものだったし。式に参列することを決めた時からもういいと思っていたんだ」
穏やかな表情で話す芳也に、麻耶も芳也の手を握り返した。
「あれ?どこに行くんですか?」
「食事してかえろう」
「本当?嬉しい」
ゆっくりと大きな庭園のある敷地に車を停めた芳也に促され麻耶も車を降りた。
最近驚くことも少なくなったが、趣のある料亭に麻耶はその建物を見上げた。
いつも通り、女将の挨拶があり個室に案内されて、麻耶もお礼を言って和室の席に着いた。
「麻耶、もう慣れたな」
クスクス笑いながら言った芳也に、麻耶はかるく睨むと、
「多少は慣れますよ。接客業してきてよかったです」
「麻耶は食べ方もマナーもきちんとしてるから、すぐに慣れると思ったよ」
外の立派な日本庭園に目を向けながら芳也はそう言うと、目線を戻すと麻耶をジッと見た。
「麻耶、今日は話があるんだ」
先付けが運ばれてきたところで、芳也はゆっくりと言葉を発した。
「はい」
なんとなくその空気を感じていた麻耶は、箸を置くと芳也を見た。
どんな話か想像がつかず、麻耶はドキドキしながら芳也の話を待った。
「宮田の家に戻ろうと思う」
「え?」
全く想像していなかった言葉に、麻耶も言葉に詰まった。
「いや、家じゃないな。ミヤタ自動車に入ろうと思う」
「今の会社は?」
なんとか声を出した麻耶に、芳也もじっと麻耶を見たあとゆっくりと言葉を発した。
「副社長が社長に就任して、始が副社長になる」
「館長が?」
「ああ、本当はずっと俺は始に経営に参加して欲しいとは言っていたんだけど、始は現場をまずきちんとするのが俺の仕事だって言ってずっと館長をいろいろな所でやってきてくれた。でも、もう経営に携わってもらってもいい時期だと思う。そしてようやく承諾してくれた。今の副社長も俺の高校の時の先輩で、その人の家も大きな会社だ。いずれその会社に戻ることも決まっている。そうしたら今の会社は始にやってもらいたい。いろいろ細かい部分で名前は残るけど、4月からミヤタ自動車に行こうと思ってる」
「だから社長じゃなくても?なんて聞いたんですか?」
「ああ。あくまで時期社長は兄貴だ。麻耶にどう思うか聞こうと何度も思ったんだ。でも……。この事は小さい頃からの自分にも決着をつけるために自分で決めたかった。ごめん。もしも麻耶に止められたら俺は決断できない気がしたんだ」
じっと芳也を見ていた麻耶だったが、ふわりと笑った。
「芳也さんが、小さい頃からどれだけ努力してきたか館長からも聞いています。お父様の為、健斗さんの為。そのために一生懸命やってきて、ミヤタ自動車を経営するためにその勉強をしてきたんでしょ?健斗さんとは違う方向で。なんで私がそんな芳也さんの決めることに反対をするんですか?バカにしないで下さい」
少し怒ったように言った麻耶に、芳也は驚いた顔をした。
「麻耶……ありがとう」
「ずっとこの事を考えていたんですね?」
「ああ。麻耶が見た人は親父の秘書だよ。最初は兄貴に言われたんだ。ミヤタに戻って兄貴を助けて欲しい。兄貴は技術バカで経営には向いていないから、親父の引退後は俺にミヤタの経営をしてほしいって。二人で親父や祖父のこの会社を守って行こうって。そこまで言われて心が揺れた。そして極めつけは親父だ。あの親父が頭を下げて戻ってくれって……」
静かに話していた芳也に、麻耶は満面の笑顔を向けた。
「芳也さん。よかったですね。芳也さんが頑張ってきたことが報われて。私も嬉しい。そりゃあ、もう会社で芳也さんに会えないのは寂しいけど……私は芳也さんの作ってくれたこの会社でがんばります」
「麻耶……ありがとう」
じっと芳也に見つめられて、麻耶は少し頬が熱くなるのを感じて、
「美味しい食事が冷めちゃいます!食べましょ」
「そうだな。でも……俺は今すぐ麻耶を押し倒したい。麻耶ありがとう。麻耶好きだよ」
「もう!芳也さん!止めて!こんなところで……」
真っ赤になっていった麻耶に、芳也はニヤリと笑った。
「芳也さんのバカ!」
麻耶は恥ずかしさをごまかすように、運ばれてきた揚げ物を口に運んだ。
そしてそのすぐ後には、社長自らの動画が社内ネットに配信され社長交代の経緯と新体制が発表された。
その事は大きくニュースにもなり、しばらくテレビなどにも取り上げられていた。
アイリと噂になった事もあり、「イケメン社長はミヤタ自動車の御曹司だった」そんな見出しがコンビニの雑誌の紙面にも載ることもあり、麻耶は複雑な気持ちでそれらを眺めていた。
どんどん大きくなる話が麻耶には、どこか遠い所で起きている様な錯覚がして、毎日一緒にいる人が更に遠くに行ってしまうような気分になり、その考えをしないように忙しくしていた。
(私はいつまで芳也さんと一緒にいれるのかな?)
そんなことすら思ってしまう自分が嫌で仕方なかった。
「麻耶、何を考えてる?」
ベッドの中に二人で潜り込んですぐに、芳也に尋ねられて麻耶はドキンとした。
「何って……」
「きちんと言わないとお仕置きするぞ」
「お仕置きってなに?」
その言葉に、麻耶は慌てて芳也を見ると真剣な表情をした芳也の瞳とぶつかった。
「お仕置きはお仕置き」
そう言うと、芳也は麻耶のパジャマの中に手を伸ばした。
「え?」
「……あっ」
甘く漏れた声を麻耶は手で押さえると、芳也を睨んだ。
「何を悩んでる?何が不安?」
「別に……んっ……」
「言わないとじらしまくるよ」
「え??……それは嫌……」
潤んだ瞳で見上げた麻耶に、芳也はもう一度麻耶に言葉を発した。
「何が不安?」
「……芳也さんが、どんどん遠くに行ってしまうみたいで。いつまでこうしていられるのかな……って……」
「痛っ。芳也さん何するの?」
その言葉に、芳也はいきなり首筋を噛むと麻耶を見下ろした。
「麻耶は俺と離れたいの?」
「え?なんで?私?」
「いつかは離れるつもりなのか?」
真剣に怒りを含んだ芳也の瞳に、麻耶は慌てて首を振った。
「違う!そうじゃない……。けど不安で……私はどんな芳也さんでもずっと一緒にいたい」
「じゃあ、二度とそんな事は言うな。俺は絶対に一生麻耶を離さない。わかったか?」
「はい……」
そのプロポーズの様な芳也の言葉に麻耶は嬉しくなり、涙が頬をつたった。
「でも……そんな事を思っていたなんて、やっぱりお仕置きだな」
「え?え?……あっ……」
クスリと笑って芳也は麻耶の額にキスを落とすと、麻耶を見た。
「麻耶、どうしてほしい?」
「キスして……愛してる」
あっという間に芳也が、この会社にいる時間は過ぎ去っていった。
穏やかに差し込む光が春の訪れを告げているようで、麻耶は窓の向こう側に光る新緑の木々に目を向けた。
昨日の金曜日で実質の芳也の出社が終わった。
来週からはもう芳也は、この会社の社長ではなくなる。
そんな寂しさが麻耶を包んでいた。
「麻耶ちゃん、どうした?」
不意に鏡越しに声を掛けられて、麻耶は首をゆっくり振ると前を向いた。
「神谷さん……なんでもありません」
麻耶はゆっくりと鏡を見つめると、ニコリと笑った。
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