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眠りひめ
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翌朝ホテルを出たのは、まだ空が白み始めたばかりの頃だった。
早朝の地方空港のロビーは静かで、ライブ帰りらしい数人のファンが遠巻きにこちらを見ている。
帽子を深く被って歩きながら、小さく欠伸を噛み殺した。
今日は俺だけ一足先に東京へ戻る。
ドラマ撮影を終えたら、そのままグループでの仕事に合流する予定だ。
残りの4人は昼前の便で戻るらしい。
朝、ホテルの部屋を出ると、隣のドアがゆっくり開いた。
眠たそうに目を擦りながら、柔太朗が顔を出す。
「おはよ、はやちゃん。気をつけてね」
「ん。またあとでな」
そう言って別れたのは、ほんの一時間ほど前だった。
飛行機の窓から黄色い朝日が差し込む。
イヤホンを耳に差し込んで目を閉じても、昨日繰り返し耳に残っていた声は、なかなか消えてくれなかった。
――おやすみ、はやちゃん。
「…重症だわ。寝よ」
思わず笑ってしまう。
自分で言った言葉なのに、思い返すと余計おかしい。
ただ名前を呼ばれただけだ。
それなのに、どうしてこんなに心がざわざわと落ち着かないんだろう。
⸻
撮影現場は朝から慌ただしかった。
メイクを終えて衣装に着替え、台本を開く。
今日撮るのは主人公と恋人との再会シーン。
何度も読んだページだった。
それなのに頭に入らない。
同じ行を三回読んでようやく気付く。
文字をなぞっているつもりでも、目が滑ってしまって意味が入ってこない。
スマホを手に取ってロック画面をちらりと見るけど、通知はない。
画面を閉じて、台本を見る。
数分後、気付けばまた新しい通知がないかスマホを確認している。
「……何やってんだろ」
苦笑しながらその小さな端末を伏せた。
別に、連絡が来る約束なんてしていない。
昨日だって最後に送られてきたのは、
「おやすみ、はやちゃん」
それだけだった。
……昨日、ちゃんと寝られただろうか。
朝早くに起こして悪かったな。
メッセージアプリを開く。
「朝、起こしちゃってごめんな」
打ちかけて、消す。
それは朝、顔を合わせたときに直接謝ったのだった。
「大丈夫。見送ったらもう一回寝るよ」
そう笑う柔太朗の髪を、くしゃりと撫でた。
その指先の感触がまだ残っている気がして、ぎゅっと手を握る。
こんなの、用もないのにただ連絡したいだけの奴みたいだと、情けなくてそのままスマホの電源を落とした。
もうすぐ本番だ。
集中、と口の中でつぶやいてもう一度台本に目を落とす。
「佐野さん、お願いします!」
スタッフに呼ばれ、返事をして立ち上がった。
⸻
「もっと、好きな人を見る目で!」
監督の声が飛ぶ。向かいには共演の女優さん。背が高くて華奢な、きれいな人だ。
笑いかけてくれる、その笑顔を見つめ返す。
カットがかかった。
「はい、一回止めます」
モニターを見つめていた監督が腕を組んだ。
「あー…そうだな…」
首を傾げる。
「芝居はいいんだけどね、」
「…はい」
「もう少しだけ、目に温度が欲しいかな。好きだな、愛しいな、会えて嬉しいなって思ってるときって、視線でもうわかっちゃうじゃない?」
温度。
その言葉だけが、妙に耳に残った。
コメント
2件
うわあ…「目に温度が欲しい」って台詞、すごく刺さりました。撮影シーンで自分が今まさに感じてるものと監督の求めてるものの間にズレがあって、でもその正体が柔太朗くんへのざわつきだったって気づく瞬間の描き方が、すごく繊細でリアル…!台本が頭に入らないくらい誰かを考えちゃう夜明けのシーン、すごくわかる気がしてドキドキしました。次が気になります🌷