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眠りひめ
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夕方、何とかドラマの撮影を終えてそのまま車でグループの現場へ向かう。
ドアを開けた瞬間、
「はやちゃん!おつかれー!」
舜太が大きく手を振って出迎えてくれた。
「お疲れ」
「ドラマどうやった?」
「眠い。朝早かったのに、飛行機でも寝れなかったし」
労いながら冷えたペットボトルを差し出してくれるのを、礼を言って受け取って、辺りを見渡した。
部屋の一番奥、ソファに座ってスタッフと打ち合わせしていた柔太朗と目が合った。
途端に、ふわりと笑う。
「はやちゃん、おかえり」
その一言だけで、胸の奥がすっと軽くなった。
「ただいま」
返した声は、自分で思っていたよりずっとやわらかかった。
朝からどこか張り詰めていたものが、ゆっくりほどけていく。
メンバーが揃ったところで、新曲の振り入れが始まった。
鏡張りのスタジオ。5人が横一列に並んで振付を覚えながら、何度も立ち位置を確認する。
視界の端に、白いシャツが映る。
どうしてだか目を逸らせなかった。
長い腕が音に合わせてしなる。
黒い瞳が、鏡の向こうにいるファンの心を射抜くように細められた。
「山中くん、すごくきれい。よくできてる」
先生が言う。
「今のところ、よかったよ」
「ありがとうございます」
柔太朗は乱れた息を整えながら、少し照れたように笑った。
……そうなんだよな。
あいつ、本当にきれいなんだ。
首を傾ける角度。
ターンの終わりに揺れる少し長い前髪。
音よりほんの少しだけ早く伸びる指先。
「今日の柔、めっちゃ仕上がってる!」
舜太が無邪気に手を叩く。
仁人も靴紐を結び直しながら、その言葉に頷いた。
「この曲難しいのに、ちゃんと音拾えてるやん!」
続けて太智にも褒められて、後輩に戻ったような顔でありがとうと返している。
そうだよな。
みんな知ってる。当たり前だ。
俺だけが特別に気付いてるわけじゃない。
ずっと一緒にやってきたんだから。
なのに、胸の奥を、何かが小さく掠めた。
……何だ、今の。
「佐野くん?」
先生に呼ばれ、我に返る。
「あ、すいません」
「次いくよ」
「お願いします!」
大きな声で返事をして、気合いを入れ直した。
疲れてるだけだ。昨日から寝不足だから。
そういうことにしておこう。
⸻
踊りっぱなしで1時間、やっと休憩に入った。
「んっ、」
柔太朗がペットボトルの蓋を開けようとして、小さく呻いた。
汗で手が滑り、うまく開けられないようだ。
「貸してみ」
何も考えず受け取って、軽くひねる。
はい、と差し出すと、柔太朗の長い睫毛に縁取られた目がまっすぐにこちらを見ていた。
「ありがと、はやちゃん」
そう言って逸らされた視線をなぜか惜しく感じながら、自分のペットボトルを拾い上げた。
「はやちゃんやさしっ」
舜太が疲労で倒れ込みながらも、目敏く2人のやり取りを見つけてからかってくる。
「いつも優しいだろー俺は」
そう返すと、うん、と柔太朗も当たり前みたいに頷いた。
その一言が、少しだけうれしかった。
⸻
今日のノルマが終わって、エレベーターに乗り込む。柔太朗と2人きりだった。
無理に喋らなくても平気な距離感が、疲れた体にちょうどいい。
静かな箱の中で、モーター音だけが響く。
隣に立つ柔太朗がスマホを取り出した。
続けて何度も小さく震える通知。
画面を見て、ふっと笑ったその笑顔が、妙に気になった。
……誰?
喉元まで出かかって、飲み込む。
そんなこと聞いてどうする。
地元の友達かもしれない。
家族かもしれない。
仕事の連絡かもしれない。
…誰でもいいはずなのに。
「じゃあな、お疲れ」
1階で扉が開いて、降りていく柔太朗にそう声をかけると、
「うん。またね」
と、ドアの向こうで一度だけ振り返って小さく手を振り、また通知が来たらしいスマホに視線を落として歩いて行ってしまう。
閉まりかける扉の隙間から、見えなくなるまでその背中を見送った。
扉が閉まったエレベーターが、また下降をはじめる。
ふと振り返った先にあった鏡に映る自分と目が合った。
……ダセェな、俺。
コメント
2件
うわ~第5話、めっちゃいい…!😭💕 柔太朗くんの「おかえり」とはやちゃんの「ただいま」のやり取りがさ、もう完全に恋愛フラグじゃん?ここだけで胸キュン必死だわ…👼✨エレベーターで2人きりになった時、『誰?』って思っちゃうはやちゃんの心境が痛いほど伝わってきて、鏡の自分に『ダセェな』ってつぶやくシーンで無自覚に沼ってるのが尊すぎるよ…🥺💖