「この家の生活にも慣れてきたな…」
とはいえ、毎日暇を持て余す毎日である。どちらかと言うと家から出られないと言うのが適切かもしれない。
(あー暇。もう暇。)
あれ以来魔女らしき者の来訪はない。家にひきこもっている間に春が来ているまである。
(さ、流石に外に出た方がいいよな健康的に。)
死なないとはいえど、メンタルが死にかけている。アレンは久しぶりに外に出る準備をした。
木の扉は、久方ぶりに開いた。
(暖かい。)
「これを機に掃除でもするか。」
窓という窓を開け放ち、アレンは掃除を始めた。布団も干したし、雑草に似た花も新しく変えた。
「雑草伸びたな…」
家の床をモップで拭いた時、丁度昼になった。
庭に出るのはいいが、まだ森へ行く勇気は湧かない。
(魔王城とそれ程近くは無いと思うんだがな…)
「でも暇だな…」
本棚に入っていた本は何故か恋愛ファンタジーが多いし、魔王と皇女の絡みを思い出すので最後まで読むのは気が向かない。一体誰の趣味なのだろうか。
料理をしてみようと思ったが、アレンは料理が壊滅的に苦手だったようで、惨状の片付けが嫌になった。
(どうしよう)
そこで、アレンは家の中の椅子を引っ張り出して庭に置いた。
太陽の光が静かに降り注いで、人間だとは思えない自分を洗い流してくれるような気がした。
(俺は、何になったんだ。)
呪いをかけられて以来、夜中々眠れない。動くべき時間だと言うように、夜の闇を求めている。
昼は真逆でとても眠い。あの日からアレンの昼夜は逆転してしまったようだ。
(厄介だな…できるだけ普通の人間でいたいのだが)
「まるで魔族、か。」
(…なんだろう、この香り)
春のような香りがする。暖かい光の匂い。静かな夢の匂い。
ふと目を開くと、紫色の瞳と目が合った。
「っ…?」
「…」
(誰、だ?)
アレンは思わず椅子から立ち上がった。
綺麗な茶髪を真っ直ぐに伸ばし、彼女は驚く素振りも見せず瞬きをした。
「だ、誰ですか、あなた。」
「貴方は勇者アレンで合ってる?」
「…元、ではありますが。」
(なんでこの人知ってるんだ?)
アレンが勇者だったのは極めて短期間のことである。
冬の中盤魔王城へ向かい、辞めたのが春近くの事。
すなわち、アレンの顔を知っている人間は少数だ。
「どこかで、お会いしましたか。」
(こんな端正な顔の人間、会ってるわけないが…)
「いいえ 」
「では、なぜ私の事を?」
「…」
(怪しい な。)
掃除中の為残念ながらアレンの腰には剣がない。今襲われれば、大人しく降伏しかないだろう。
冷や汗が頬を伝った。
「私、魔法使いなんだけれど。」
「…魔法使い?」
「魔王様の嫁にきた人が、これを渡すようにと。」
(まさか…皇女殿下か?)
手紙を受け取ると、アレンは急いで中身を確認した。
『勇者アレンへ!
お父様に話してくれたのね?
ありがとう、感謝してるわ!
私はいつでも魔王城にいるから、困ったことがあったら訪ねてきてね!
追記
魔王様ったらとっても可愛いのよ! 』
(なんだよ…)
「普通に幸せなだけじゃん…」
心配して損した。アレンは深いため息をついた。