「 渉、最近どう?」
何度か会っているうちに、刹那は僕の事を渉と呼ぶようになった。刹那の言葉には、どこか親しみが感じられるけれど、それと同時に刹那は、どうしてこんなに僕の事を知っているのだろうと不思議に思う。
「何か悩んでるの?」
その言葉には、強い関心と少しの優しさが込められている。驚くほどに、心が引っかかる。どうしてそんなふうに、あっさりと見抜かれてしまうんだろう。
気がつけば、今日もあのカフェへと足を運んでいた。
目的があったわけじゃない。ただ、なんとなく。
それに——心の奥底でどこか期待していたのかもしれない。今日もまた、あの人に会えるんじゃないか、と。
店の扉を開けると、奥の席に見覚えのある姿があった。
刹那は窓際の席に座り、何かをぼんやりと眺めている。俺の視線に気づくと、にこりと微笑んだ。
「渉、おはよう」
「……偶然だな」
本当に偶然なのかはわからない。
けれど、そんなことを考えても仕方がない。僕は自然に足を向け、刹那の向かいに座った。
それからしばらく、たわいもない話をした。
カフェの店員が新しくなっていたこと、最近の天気のこと、そして——僕が何気なくこぼした仕事の愚痴。
「渉ってさ、今の仕事どう思ってるの?」
「……まあ、嫌いじゃないけど、特別好きなわけでもない」
「そっか。でもさ、本当はやりたいこととかあるんじゃない?」
不意に、そんなことを聞かれて、言葉に詰まる。
やりたいこと。そんなもの、考えたことがあっただろうか。
「別に、特にないよ」
「ふーん、そうなんだ」
刹那はそれ以上は何も聞かなかった。ただ、何かを悟ったような目をして、カップのコーヒーを口に運ぶ。
やがて、外が少しずつ暗くなり始めた頃、僕たちは席を立った。
「じゃあ、またな」
そう言って別れようとした瞬間——
「ねえ、渉ってさ、本当の世界がどこにあるか、考えたことある?」
唐突な問いかけに、足が止まる。
「は?」
何を言っているのかわからなかった。
刹那は僕の反応を楽しむように微笑むと、軽く肩をすくめた。
「なんでもないよ」
「じゃあねー!」
そう言って、手を振りながら歩き去っていく。
本当の世界?
なんだ、それ。
胸の奥に、言葉にできない違和感が残る。
俺はそれを振り払うように、カフェとは逆方向へと歩き出した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!