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NARI
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朝から、ヨンスさんが妙に近い。
廊下を歩けば、真後ろからペタペタと足音がついてくる。台所に立って急須にお湯を注いでいれば、気配もなく背後に忍び寄り、自然な動作でするりと腰に手が回される。
「……ヨンスさん」
「なんだぜ?」
「近いです」
「うん」
「だから近いですって。お茶が淹れづらいんですが」
私がそう言っても、ヨンスさんは離れない。
どうやら今日はそういう気分らしい。
……しかし、家の中とはいえ、いくらなんでも近すぎる。
顎を肩に乗せられ、やや体重を預けられる。
身を捩らせて逃げようにも、がっしりした腕が身体を抱え込んでいて、びくともしない。
「……暑いんですが」
「俺はちょうどいいんだぜ」
「私はちょうどよくないんですけど……」
抗議しつつも、本気で邪険にするほど嫌でもない。
なんだか大きな犬に懐かれているようで。
「……ふふ」
「何笑ってんだぜ?」
「いえ。ヨンスさん、わんこみたいだなと」
「犬じゃないんだぜ」
「そうですね」
「でも、お前のこと好きだからくっついてたいんだぜ」
「………」
さらっと言われて、私は黙る。
このひとはこういうところが、ずるい。
*
洗濯物を干しにベランダへ出ても、やっぱりついてくる。
私が一枚ずつ洗濯物をピンチで留めている横で、ヨンスさんは何をするでもなくこちらを眺めている。
「ヨンスさん」
「ん?」
「手伝ってくださいよ」
「はいはい」
そう言うと、ようやく洗濯物を一枚取ってくれた。
「……言わないと手伝ってくれないんですね」
「お前がやってるの見てんのが好きなんだぜ」
「……こうも四六時中くっついてこられると家事がしづらいんですけど」
「だって菊が動くとついていきたくなるんだぜ」
「……犬ですね」
「だから犬じゃないって!」
そんなやり取りをしながら、洗濯物を干し終える。
そして私が部屋へ戻ろうとすると。
やっぱり、ぽてぽてと後ろからついてくる。
……可愛い。
ほんの少しだけ、そう思ってしまう。
――ところが、
*
「では、ちょっとお手洗いに――」
「俺も行くんだぜ」
ピタリ。
私は振り返った。
「え、来なくていいです。ていうか、来ないで」
「なんでだぜ?」
「なんでって……」
「中まで付いていくんだぜ!」
「変態ですか?!ダメに決まってるでしょう?!」
「なんでだぜ?!」
「なんででも!!」
「俺とお前の仲なんだし、俺は気にしないんだぜ!」
ヨンスさんは自信満々に胸を張り、ドヤ顔をした。
「〜〜〜私は気にします!!!」
ぴしゃりと言い放つと、背を向けて素早くその場を後にする。
――どうにか、彼を振り切ることができた。
*
夜。
(まぁこの流れですし、嫌な予感はしていましたが……!)
「……だからヨンスさん!」
私はいま、脱衣所のドアを開けた瞬間、当然のように後ろについて入ろうとした彼を、全身で押し返すべく奮闘している。
「なんだぜ?」
対するヨンスさんは、ニコニコと悪びれもせず、その隙間を押し通ろうとしてくる。
「お風呂も一人で行かせてください!」
「えー……」
「大体あなたはちょっと前にもう済ませてるじゃないですか!」
「もう一回入るんだぜ!」
「なんでそこまでして一緒に入りたがるんですか!」
「だって何かあったらどうすんだぜ!?」
「何かって何!?」
「 高血圧による心臓発作とか! 脳出血とか!」
「縁起でもないこと言わないでください! そーゆー理由?!そんなこと言ってホントはただのスケベ心なんじゃないですか!?」
「違うんだぜ!これは愛の護衛であって、下心なんてこれっぽっちも…」
「変態の詭弁です!いい加減にしてください!!」
強引に入ろうとするヨンスさんの手を振りほどき、バタン!と音を立てて脱衣所のドアを閉め、鍵をガチャリとロックする。
扉の向こうから「菊ー! なんで俺を置いていくんだぜー!」とドアノブをガチャガチャ揺らす音が聞こえてきた。
(……まったく、誰が大型犬ですか。ただの図々しい押し売りです!ホントにもう!冗談なんだか本気なんだか…)
湯船の中で深い溜め息をつき、ようやく一人になれた安堵感に浸る。――と同時に、扉の向こうでしょんぼりしているであろう気配が気になってしまう自分に、小さく苦笑する。
湯上がりに扉を開けると、予想通り、ヨンスさんは脱衣所の前で体育座りで丸くなっていた。
私が出てきた途端、顔を上げて立ち上がる。
「なんでそんなところで待ってるんですか」
「だって……菊、本気で怒っちゃったかと思って……」
眉を下げてしゅんとしながら、おずおずとこちらの顔色を窺ってくる。
呆れつつも、なんだか愛おしくなってきて、そっと彼のパジャマの袖を引いた。
「……ヨンスさん」
「ん?」
「……デザートに梨でも食べましょうか」
ぱっと、その顔が明るくなる。
「食べる!」
「お茶も飲みますか?」
「飲む!」
「では、台所行きましょう」
「行くんだぜー!」
ヨンスさんは嬉しそうに私に寄ってくると、またぴったりと背中にくっついて歩き出した。
「……やっぱり犬ですね」
「犬じゃないんだぜ!」
「はいはい」
腰に回された腕を、今度は振りほどかなかった。
* * * * *
マンションで同棲中?