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「涼香さん、重いでしょう。荷物は私が持ちますから」
「ありがとう。京介さん」
イケメン内科医の旦那様は、どんなに診察で疲れていても、家で熱心に医学書を読んだりしてる。とても勉強家で、これほどまでに尊敬に値する男性には今まで出会ったことがなかった。
京介さんは、穏やかで優しい。
見た目、立ち居振る舞いから言葉遣いまで、何もかも完璧で。
「さあ、行きましょうか」
「みんな、忘れ物はないの? なければ出発しましょう」
高級な外車の運転席には京介さん、隣に私。
後ろにはパパとお母さん、そして、琴音。
気がつけば「お母さん」と呼べるようになってて、自分でも驚いた。
「楽しみだわ。本当に家族みんなで旅行に行けるのね」
「すみません、私まで一緒で」
「何を言ってるの、京介さんは大事な家族よ。運転までお願いしちゃってごめんなさいね」
「いえいえ、もちろん大丈夫です。いつでも言ってください」
「龍聖君は仕事で来れなかったけど、私達にとって、京介君も龍聖君も、2人とも大切な家族だよ」
「お義父さん、ありがとうございます。次回はぜひ龍聖さんも一緒に行きたいですね。私の義理の弟になるわけですから、仲良くしたいです」
「龍聖君も京介さんに会いたがってました。また話す機会を作ってあげてくださいね」
「はい、琴音さん。こちらこそよろしくお願い致します」
龍聖さん……
私はもうあなたのことは何とも思わない、負け惜しみでも何でもなく。
本当に……どうかしてたのね。
今は、心から京介さんを想ってる。
「琴音、お腹は大丈夫? 安定期だからって無理はダメよ」
「ありがとう、涼香姉さん。気をつけるから大丈夫よ」
琴音は、もうすぐ母親になる。
私は……どうやら子どもは無理みたいだけど、それでも京介さんは私を愛してくれて、病院の跡継ぎも心配しなくていいって言ってくれた。
「涼香さんがいてくれればそれでいい」って、私はその言葉に救われた。
だから、せめて琴音にはちゃんと赤ちゃんを産んでもらいたいと心から思ってる。
きっと、京介さんの愛に包まれる前なら、琴音のことを嫉妬してたかも知れない。
でも、私は変われたから――
『涼香さんが好きです。あなたのことを一生守り抜きます。何があっても、僕の命に変えてあなたを守りますから。だから僕と……』
京介さんが告白してくれたあの日、私の中に温かな明かりが灯ったの。
この人となら――
初めてそう思えた。
「さあ、旅館に着きましたよ」
「あらまぁ、とても趣のある素敵なところね」
お母さん、嬉しそう。
その顔を見たら、少し変な感じだけど、やっぱり……
私にはちゃんと「母親」がいたんだと、今さらながら思えた。
仲居さんは、私達を立派な部屋に案内してくれた。
ベランダには小さめの露天風呂があって、パノラマに広がる美しい景色を望むことができた。
桜の花も満開で見頃だし、明日は水族館にも行く。
何だかこういうの、楽しみだ。
ずっと家族なんてめんどくさいって思ってたのにね。
子どもの頃、パパとママとよく行った水族館。
とても懐かしくよみがえる。
ママ――
明日、新しい家族と水族館に行ってくるね。
今は京介さんに出会えて幸せだから、安心して。
ママは、いつも笑顔で私のことを見守ってくれてるんだよね、ありがとう、ずっと忘れないよ。
夕食まではまだ時間がある。
私達は部屋を出て、桜を見に旅館の周りを散策することにした。
「最高の景色だな」
「本当に綺麗だわ」
「美しいですね……」
「桜、こんなにたくさん咲いて……この景色、本当に素敵」
「……」
「どうしたの? 涼香姉さん?」
「な、何でもないわ」
サッと顔を背ける。
「……うん。そうだよね、何でもないよね。私も……何でもないよ」
せっかくの景色なのに、目に何かが溢れてちゃんと見えないじゃない。
琴音まで私の真似して……
桜木家にあった桜は、数年間、わざと見ないようにしてた。
だけど、これからはちゃんと見ようと思う。
京介さんと私、両親、琴音、みんなを見守ってくれる大切な「桜の木」なんだものね。