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「俊哉さん、おめでとうございます」
「ありがとうございます。さやかさん」
「今日の新車発表会は盛大ですね。俊哉さんの社長就任も兼ねたパーティーですから、私もぜひお祝いを言いたくて」
「ダイドウ自動車さんのお嬢様にわざわざお越しいただいて恐縮です」
さやかさんはとても美しい人。
誰よりも、周りの男性からの視線を集めている。
「父が、俊哉さんが独身でいらっしゃることを心配していましたから……」
「それは、ありがとうございます。でも……ご心配には及びませんとお伝え下さいますか?」
「俊哉さん!? まさか、彼女さんが?」
さやかさんは、とても驚いた顔で僕を見た。
「あっ、いえ、そういうわけではないんですが……」
「俊哉さん、こんなところでごめんなさい。私の気持ち……もちろん知って下さってますよね?」
「あっ……ええ」
「私はもう何度も俊哉さんにデートを申し込んでいます。その願いは……叶いませんか?」
そう、本当に何度も……
その度に、僕は自己嫌悪に陥ってしまう。
「……すみません」
「他にお付き合いされてる方もいなくて、どうしてですか? 私のこと、そんなに嫌いですか?」
「まさか! 嫌いだなんて。そういうことではないんです……わかりました。今夜、少しだけお時間いただけますか?」
僕は、勇気を出してさやかさんをバーに誘った。
カウンターから離れた誰もいない奥の席で2人きり。
「さやかさん。あなたにはキチンと話しておきます。これ以上、僕のために時間を使ってもらうのが気の毒なので」
「そんな……」
「僕には心の中に大切な人がいます。その人が誰なのか、それは言えませんが、僕とその人が付き合ったり結婚したりすることは、一生、ありません」
「えっ? 俊哉さん?」
さやかさんの複雑な表情、僕の気持ちを理解できないとの思いが伝わってくる。
そうだと思う、理解できる人なんて……いないだろうから。
「その人は、生涯でただ1人、僕が本気で愛した人なんです。だから、この先も……」
「そんなの、そんなのおかしいですよ。だったら俊哉さんは結婚しないおつもりですか?」
「はい、そのつもりです。父も僕の次の跡取りは諦めています。他の優秀な者に社長を譲るでしょう。親不孝は承知してますが、こればかりはどうにもならないので」
「そこまでの覚悟なんですね。私、俊哉さんが好きになったその人がうらやましいです。あなたみたいな素敵な人を独り占めして……私は今、完全に失恋したんですね」
涙を流すさやかさんを見ても、僕はこの人に何もしてあげられない。
「本当に……申し訳ないと思っています。さやかさんには僕なんかよりもっと良い方がいるはずです。だから……どうか、ご理解下さい。そして、あなたは幸せになって下さい」
「俊哉さん、あなたは? あなたは幸せなんですか?」
その問いかけに、ドキッとした。
でも、すぐに……答えは出た。
「ええ、もちろんです。目を閉じればあの人の笑顔が浮かびます。僕の中にはいつだって……あの人がいるんです」
「わかりました。ここで泣きわめいても仕方ないですよね。私は……別の人を探します。もう24歳、少し俊哉さんに時間を使い過ぎましたから」
無理に笑顔を作ってるのがわかる。
さやかさんにここまで言わせて……心が痛くなった。
「本当にすみません。もっと早くに伝えるべきでした。ですが、24歳はまだお若いです。あなたには必ずこの先、誰かと幸せになって輝く未来が待っています。どうか、お元気で……さやかさん、今日はありがとうございました」
僕は、その場で誠意を持って頭を下げた。
「……俊哉さん、私には結局最後まで敬語でしたね。残念です。ずっと……大好きだったから。忘れられるか不安ですけど、明日から頑張って前に踏み出してみます。俊哉さん、最後にひとつだけお願いしてもいいですか?」
「……ええ、僕にできることなら何でも」
「だったら『さやか、頑張れ』って、敬語無しで言って下さい」
頬に伝う涙と優しい笑顔、この人をこれ以上傷つけたくないと思った。
僕は小さくうなづいて、彼女を見ながら言った。
「……さやか、頑張れ! 君の幸せをずっと願ってるから」
「俊哉さん……あ、ありがとうございます。明日から……私、頑張れそうです」
笑顔のさやかさんを見送った僕は、1人ウイスキーを飲み干した。
琴音ちゃんは元気なのか?
僕が心配することじゃない、そんなことはわかってる。
ダメだな、僕は「AYAI」の社長として、もっとしっかりしないといけないのに。
琴音ちゃんには立派な旦那様がいるんだ、僕なんかよりずっと素晴らしい人、鳳条さんが……
テーブルに1人、そっと目を閉じる。
やっぱり……君が出てくるんだね。
他の誰でもない、琴音ちゃんが。
いつだって可愛くて、綺麗で、優しくて……本当に大好きだ。
この気持ちに嘘はつけない、だから、何があろうと僕は君を想い続ける。
このまま彼女を想うことが、僕の1番の幸せなんだから――