第12話 茶番の始まり
「検証」を終え、新たな王位継承候補となったジェイドにすり寄ってくる貴族たち。
その様子をぼんやり眺めながら、理世は自分の今後について考えていた。
(〈時空魔法〉を『ジェイド』が使っているように見せるなら、私はこの空間にいたほうがいいと思うんだけど……)
それが現実的ではないということはわかっていた。
食事、睡眠――この空間に閉じこもっていてはできないことが山ほどある。
(必要なものをここに送ってもらってここで生活……は、まぁ嫌だよねぇ)
ジェイドの視界から、貴族たちが少しずつ減っていくのがわかった。
(閉じ込めたりはしないと思うけど……でも協力させるために優しくしてくれてただけかもしれないし)
「『理世』」
しばらく静かだった影空間に、ジェイドの声が降って来た。
「な、何?」
「『ごめん、今からあまり説明できないから、一方的に大事なことだけ話すよ』」
その声は、理世には緊張しているように聞こえた。
「うん、わかった」
「『ずっと影空間(ここ)にいてもらうわけにはいかないから、これから出られるようにする』」
(やっぱり出してくれる気ではいたんだ! 疑ってごめん!)
「『その後は、しばらく二人だけで会話できないから、今から言うことをよく覚えておいて』」
「う、うん」
「『〈時空魔法〉を使えることは、絶対に言ったらダメだよ』」
「それはわかる」
「『でも、異世界から来たってことは話して大丈夫。むしろそこは主張してほしい』」
「う、うん」
「『最後に――』」
ふと、言葉が途切れる。
どう言うべきかを、深く考えているような沈黙の後。
「『これからどんなことになっても、僕は理世を守るためのことしかしないって断言する。だから――僕を信じて』」
理世が異世界にやってきて、ジェイドと出会ってまだ一日経っていない。
そんな関係性の相手から聞くには、胡散臭い言葉だ。
(これから協力する人間なんだから、誠意を見せてくれているんだとは思うんだけど……)
「わかった」
「『……ありがとう』」
その返事を最後に、ジェイドからの声はしなくなった。
(うーん……なーんかありそうだよねぇ、やっぱり)
騙すとか、惑わせるとか、そういうものとは違う何かが――ジェイドの言葉を信じさせてしまうのだった。
「――おつかれさまでした、ジェイド殿下」
ジェイドの視界には、貴族たちの群れの代わりに見覚えのある青年の姿があった。
(……あ、〈時の宝剣〉を探した時に見た人だ)
まるで自分のことのように緊張した面持ちで、ジェイドを見守っていた青年。
「ああ」
「どうなるかと思いましたよぉ! こっちが緊張でどうにかなるところでした」
「なぜアルが緊張するんだ」
「そりゃあ、〈時空魔法〉を得てなかったら今までの苦労も全部水の泡ですし。本当によかったです、殿下の苦労が報われましたね」
「当たり前だ」
ジェイドは素気なく言うと、青年――アルは困ったように笑う。
「〈時空魔法〉継承儀式をやると言い出した時は本当にどうなることかと思いましたけど……」
「……」
「最初は全部私に任せっきりだったのに、途中からすごい熱心になってびっくりしましたよ」
「……自分で行う儀式だから当然だろう」
「まぁそうなんですけど……私が『殿下と年が近い教育係』になってから、殿下が率先して何かするなんて初めてじゃないですか」
「自分で決めたことの準備をするのは当然だと言っている」
「そんな怖い顔しないでもいいじゃないですかー。今はだいぶ慣れましたけど、殿下の怖い顔心臓に悪いんですから」
「自分が余計なことを口走っている、ということには気づいていないのか」
「……すみません」
ジェイドの視界から見えるアルの顔は、どこか腑に落ちていないようだった。
(やけにこの人に冷たいな……)
そう思う一方で、アル本人に言うほど怯えたり委縮したりしている様子はない。
(教育係って言ってたし、付き合いが長いからこれが平常運転なのかな)
「……殿下は誤解されることも多いですし、〈時空魔法〉を得て、公務をしっかりこなすところを見せられれば……周りの見る目が変わると思うんですよ」
「……」
「私も、真摯に準備をされていたことを知っています。だから――」
アルが最後まで言い切る前に、ジェイドはアルに背を向けて歩き出した。
「殿下!? いきなり無視するなんてひどいじゃないですか!」
その背中を、慌ててアルが追ってくる。
ジェイドの視界には、王宮が見えた。
「『理世』」
「! な、何?」
「『今ここには、僕とアルしかいない。アルの意識をこっちに向けている間に、理世を外に出す』」
「う、うん」
(ついに来た!)
外に出るだけというのに、理世は妙に緊張した。
「『外に出て少ししたら、悲鳴を上げて』」
「……え、悲鳴? 何で?」
間の抜けた声を返す理世だが、それ以降、ジェイドはアルとの会話に集中しているようだ。
(外に出たら、なんで悲鳴を上げるの? どういうこと?)
疑問に答える声はなく、結局その時が来るまで待つしかない。
そして――理世の視界が、闇に包まれた。
影空間にあったジェイドの視界を共有する画面もなく、自分の手足も見えない――本物の闇。
理世の視界が完全な闇に覆われた、その直後。
「!?」
地面に放り出され、理世はその場に座り込む。
反射的に、日の光から瞼を手で守りつつ、理世はゆっくり目を開く。
生垣や石像が見える広場、石造りの霊廟(れいびょう)と呼ばれていた場所に続く、木々が多い茂った道。
ラズワルドの居場所を見つけた王宮。
その途中には、徐々に遠ざかっていく二人の男性の後ろ姿がある。
(相変わらず「異世界」なんだ……ずっと影空間にいたから、見慣れてるはずなのにそんな感じがしないなー)
なぜ、そんな新鮮な気持ちになったのか――まるで、もう一度異世界召喚し直されたような。
「――あっ!」
瞬間、理世は自分でもびっくりするほど大きな声を上げていた。
「!」
「!」
王宮に向かっていた二人――ジェイドとアルが振り返って立ち止まる。
「え……さっきあそこに人なんていなかったですよね!?」
距離にして数メートルほどなので、理世にも驚き戸惑うアルの様子をしっかり確認できた。
「……」
ジェイドも驚いているようだったが、「話が違う」とでもいうような、複雑な表情をしていた。
(あっ……悲鳴じゃなかったね、さっきの)
「なんか見たことない服装ですね……って、殿下!?」
アルが緊張で震える声を発する中、ジェイドが足早に理世のほうへ近づいてきた。
慌ててアルも追ってくるが、ジェイドの後ろをついてくる形だ。
(今、異世界から来たことにしたかったんだ。声に気づいたことにして、合流できるし)
その間に、理世は「悲鳴を上げろ」と言っていた意味を理解した。
(悲鳴じゃなかったけど、これで合流自体はできるはず……?)
理世の肉眼で、近づいてきたジェイドの姿が改めてしっかり見えた。
切れ長の目が印象的な、整った顔立ち。
肩まである長い黒髪、その内側だけが鮮やかな緑色。
最初にこの世界に来たときと変わらぬ姿をしているジェイドだが――
「……」
座り込んでいる理世の元までやってきたジェイドは、無表情だった。
(え)
理世を気遣い、共に協力してきたはずのジェイドとは思えない顔つきに、緊張が走る。
「――貴様、何者だ」
聞き慣れたはずの声が、冷たく理世を貫く。
(こ――こわっ!)
辛うじて、心の中で叫ぶに留めることに成功した。
――その後、アルと共に理世の身柄を拘束したジェイドによって、王宮へ連行された。
ジェイドの言葉を信じれば、悪いようにはしないはず、なのだが――
(この状況――嫌な予感しかしないんだけど!)
恐怖を感じずにはいられないのだった。
次回へつづく