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#めておら
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「……眠い」
誰かの小さな呟きが、静かな部屋に落ちた。
朝。
カーテンの隙間から差し込んだ光が、床に細長い線を作っている。
その光の中を、心音が眠そうに歩いていた。
「朝からそれ言うの、もう何回目?」
「知らん。三回目くらい?」
「数えてんの?」
「俺じゃない」
「じゃあ誰が数えたんだよ」
「知らん」
「なんだそれ」
心音が笑う。
その声につられるように、部屋のあちこちから笑い声が返ってきた。
いつもの朝だった。
眠そうな顔をしているやつ。
スマホを眺めているやつ。
朝から元気なやつ。
まだ布団から出てこないやつ。
そして、そんなみんなを見ながら呆れているやつ。
何も変わらない。
昨日も、その前の日も。
きっと明日も。
そんなふうに思えるくらい、いつも通りの朝だった。
「なあ、今日って何時からだっけ?」
らいとがスマホを見ながら聞く。
「えーっと……」
メルトが答えようとした瞬間、
「十時」
別の声が重なった。
「そう、十時」
メルトが頷く。
「じゃあまだ余裕あるじゃん」
「いや、ないだろ」
「あるって」
「お前、準備に時間かかるじゃん」
「それは……」
らいとが黙る。
その反応を見て、みかさが笑った。
「図星じゃん」
「うるせぇ」
「今日も遅れるんじゃね?」
「遅れないし」
「昨日もそう言ってたじゃん」
「昨日は……ちょっとだけと」
「ちょっとだけじゃねえよ」
また笑いが起きる。
そんなやり取りを少し離れたところで聞いていたロゼが、呆れたように息を吐いた。
「朝からうるさすぎ」
「ロゼも笑ってんじゃん」
「笑ってない」
「笑ってるって」
「笑ってない」
「いや、絶対笑ってる」
「うるさい」
また笑う。
その輪の中には、当然のように全員がいた。
誰も、それを疑わなかった。
「……ラピス、まだ寝てんの?」
心音がふと奥の部屋を見る。
返事はない。
「ラピスー?」
もう一度呼ぶ。
やっぱり返事はない。
「まだ寝てるんじゃね?」
らいとが言う。
「起こす?」
「いや、あとでいいだろ」
「でも十時からじゃん」
「大丈夫だって」
そう言って、メルトが笑った。
「ラピスなら間に合うよ」
その言葉に、誰も何も思わなかった。
それが当たり前だったから。
ラピスは、いつもギリギリになってから動き出す。
でも、なぜか最後には間に合う。
それがみんなの中での、ラピスだった。
「じゃあ俺、先に飲み物買ってくる」
メルトが立ち上がる。
「俺も行く」
らいとが続く。
「じゃあ俺も」
みかさも立ち上がった。
「お前ら三人で行くの?」
心音が笑う。
「いいじゃん」
「じゃあ俺も行こうかな」
ロゼが言った。
「心音は?」
「俺はここにいる」
「なんで?」
「眠い」
「結局それかよ」
また笑い声が響く。
四人が部屋を出ていく。
残った心音は、ソファに座った。
静かになった部屋を見渡す。
さっきまであれだけ騒がしかったのに、急に広く感じた。
テーブルの上には、飲みかけのペットボトル。
床には誰かが脱ぎっぱなしにした服。
ソファの端には、誰かが置いていったスマホ。
そして、その隣には――
空いている場所があった。
心音はそこを一瞬見た。
何かを思い出そうとするように。
けれど、
「……まあ、いいか」
すぐに視線を逸らした。
そのとき。
スマホが鳴った。
画面を見る。
通知が一件。
誰からなのか確認しようとして――
なぜか、少しだけ眉をひそめる。
名前が表示されていた。
見覚えのある名前。
なのに、
なぜか一瞬だけ、
「誰だっけ」
と思った。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
心音は首を傾げた。
「……ラピス?」
口にした瞬間、
その違和感は消えた。
「ああ」
心音は笑った。
「ラピスか」
当たり前のことを確認するように呟く。
そしてスマホを置いた。
窓の外では、朝の街がいつも通り動いている。
車の音。
鳥の声。
遠くから聞こえる誰かの声。
何も変わらない。
何も、おかしくない。
――そう思っていた。
その頃。
奥の部屋で、ラピスは一人、窓の外を見ていた。
「……まただ」
誰にも聞こえない声で呟く。
手には、まだ眠気の残った目を擦った跡。
そして、その顔には笑顔がなかった。
「同じ夢……」
昨日も見た。
その前の日も。
同じ場所。
同じ時間。
同じ五人。
そして――
同じ未来。
夢の中で、メルトが笑っていた。
けれど、その笑顔はどこか苦しそうだった。
「もう、いいかな」
夢の中のメルトがそう言った。
その声が、何度も頭の中で繰り返される。
もういいかな。
もう、頑張らなくてもいいかな。
もう、夢なんて――
そんな言葉を聞くたびに、胸の奥が苦しくなる。
「……やめろよ」
ラピスは小さく呟いた。
「そんな未来……」
窓に映った自分の顔を見る。
そこには、まだ何も知らないような顔をした自分がいた。
けれど。
本当はもう気づき始めていた。
これは、ただの夢じゃない。
偶然にしては、同じすぎる。
同じ場所。
同じ言葉。
同じ時間。
同じ表情。
そして、何度夢を見ても。
最後に残るのは、いつも同じだった。
メルトの笑顔。
その隣にいる五人。
そして――
そこには、自分だけがいない。
「……なんで」
ラピスは目を伏せる。
まだ、この時は知らなかった。
自分がいなくなることでしか変えられない未来があることを。
まだ、知らなかった。
「忘れていいよ」
いつか自分がそう言うことになるなんて。
そして。
その言葉が、五人の人生を変えてしまうことも。
今はまだ。
ただの、いつもの朝だった。