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「あー疲れた……」


夜の社長室で伸びをしながら一人つぶやく。


大阪出張から帰って来てからというものの、新作ゲームの件が本格的に動き出して忙しくなった。


以前から大体のスケジュールは分かっていたから想定内ではあるけど、予想以上だ。


モンエクは我が社初のヒットゲームだが、あれは俺がもともと作っていたモノが当たったという感じだった。


今回の新作ゲームはそうではない。


モンエクというヒット作を超える出来が求められるし、ユーザーからの期待値も高い。


知名度を得たからこそのプレッシャーがある。


だからこそ企画も制作も手が抜けないし、より良いものにするための議論や試行錯誤は重要だ。


そのぶん時間が取られるのは致し方ない。



……今日は金曜日か。週末は久しぶりにゆっくりできそうだし、詩織ちゃんと過ごしてエネルギーチャージさせてもらおう。



ふと先日この社長室で彼女にキスしたことを思い出す。


最初は普通に業務に関する連絡をやり取りしていたが、会話の切れ目に視線が重なった。


彼女に飢えていた俺は2人きりなのをいいことに、ちょっと悪戯する気持ちでデスク越しに口づけた。


……その時の詩織ちゃんの反応が可愛かったんだよな~。うっすら頬を赤くしてテレてる感じがたまんない。



ただ、その日帰ってから家で本気モードで「会社ではやめてください」と言われてしまったから、控えなければいけない。


俺だって社長として公私の区別はしっかりつけているつもりだけど、たまにどうしようもなく触れたくなってしまう衝動は止めようがない。


もちろん大人としてそれは抑えてはいるが。



……とりあえず今日はもう帰ろう。



デスクの上を片付けて、電気を消し、部屋を出る。


社員の働く執務スペースはもう真っ暗で、みんなもう帰宅しているようだ。


自社の社員にはライフワークバランスのとれた生活を送って欲しいから、この状況は望ましい。


ぜひとも充実した金曜日の夜、そして週末を過ごして、翌週からまた仕事に精を出してもらいたいものだ。


オフィスビルを出ると肌に冷たい空気が触れ、冬の気配を感じる。


着ていた薄手のコートの前を閉め、足早に自宅への道のりを歩いた。


家に着くとリビングもキッチンも真っ暗で、彼女の姿はそこになかった。


もう寝てるのかな?と寝室のドアを静かに開ける。


彼女はベッドの中で毛布にくるまって読書をしていた。



「ただいま」


「あ、おかえりなさい。今日は少し早かったんですね」



本から目を離し、彼女が俺に微笑みかける。


その自然な笑顔を見てホッとする。


というのも、昨夜の彼女は同じように笑顔で迎えてくれたものの、どこかその笑顔が堅かったのだ。


なにかあった?と尋ねても「なにもないですよ」と首を振るだけだった。


今日はいつも通りのようだから、アレは気のせいだったのだろう。



「うん、週末はゆっくりできそうだし、来週は今週より落ち着きそうだよ」


「良かったです。ここ最近ホントに大変そうでしたから」


「ささっとシャワー浴びてくるね」


「はい」



寝室とは別の部屋にあるクローゼットにスーツをかけ、家着のスウェットを手にパウダールームに向かう。


浴室では湯船にはつからず、シャワーだけで早々と済ませた。


ドライヤーで髪を乾かし、寝る準備が整ったところで再び寝室へ。


彼女はさっきと同じようにベッドの上で寝転んで読書の最中だった。



「今はなに読んでるの?」


ベッドに滑り込み、問いかけながら背中から覆い被さるように彼女の体を抱きしめる。


柔らかな感触と嗅ぎ慣れた匂いに包まれて心が安らいだ。



「ミステリー小説です。こういう先の展開が読めないハラハラドキドキする物語は非日常感があって、読んでると現実逃避できるんです」


「へぇ、そうなんだ。俺はもっぱらビジネス書ばっかりで小説はあんまり読まないんだよね。今度試してみようかな」


「疲れている時とか、気を紛らわせたい時とかにおすすめですよ」



そう言われて、彼女は何か現実逃避したいことでもあるのだろうかと少し疑問に思った。


……現状になにか不満があるとか?俺が仕事ばっかりなのに実はウンザリしてたり?



チラリとそんな考えがよぎるが、彼女の口調や態度からはその様子は微塵も感じられない。


たかが小説の話で深読みしすぎかもしれない。


彼女にしてみたら何気なく放った一言だったのだろう。


「まだ読む?」


「千尋さんはもう寝たいですよね?それなら私も一緒に寝ます」


「じゃあ電気消すね」



彼女が本を閉じてベットサイドに置くのを確認してから、リモコンで電気をオフにする。


部屋に暗闇が訪れ、感じるのは隣にいる彼女の気配だけだ。


一度離した彼女の体を再び引き寄せ抱きしめる。


最近は忙しさもあってハグだけしてすぐ寝落ちていたのだが、明日は週末でゆっくりできる。


だからハグだけじゃ飽き足らず、彼女の上に覆い被さって唇を重ねた。


押し倒して襲っているような体勢で、彼女の唇を何度も何度も求める。


今まで彼女のことが可愛すぎて、大切にしたすぎて、キス以上は手を出してこなかった。


彼女のペースに合わせようと様子を見ていたのもある。



……そろそろ、いいかな?



気付けば、お試し交際期間を含めると、付き合って3ヶ月が過ぎていた。


最近ではキスにも慣れてきたみたいだし、いい頃合いな気がする。



そのままキスを続けながら、ゆっくり彼女の腰からくびれのラインを撫で、パジャマの裾から手を中へ差し込む。


スベスベでモチモチな彼女の肌に直接触れ、否応なく気分が昂った。


柔らかな肌の上で手を滑らせ、まもなく胸のふくらみに到達するというまさにその時、突然その手をグッと押さえられた。


彼女が掴んで止めたのだ。


思わず彼女の顔を見下ろすと、怖がるように瞳を揺らしている。


掴まれた手も弱々しく小さく震えていた。



「…………ごめんなさい」



彼女の口からは謝る言葉が|溢《こぼ》れ出た。



……まだ早かったみたいだな。がっつきすぎか、俺。



すぐに服の中から手を引き抜き、彼女を宥めるように抱きしめた。



「俺こそごめん。急ぎすぎたかも。詩織ちゃんは気にしなくていいよ」


「…………ホントに、すみません」



泣きそうな声色が聞こえ、そんなに怖がらせてしまったのかと深く反省する。


彼女にとっては初体験もパリでよく知らない男(俺)に抱かれて涙していたくらいなのだから、良い記憶なんてないのだろう。


慎重になるのも当たり前なのかもしれない。


幸いハグは拒否されないので、その日はそのまま落ち着かせるように彼女を抱きしめ、それ以上はなにもせずに眠った。



翌朝、目が覚めると隣にいるはずの彼女の姿はベッドになかった。


もう起きてリビングにでもいるのだろう。


疲れが溜まっていた俺はそのまま二度寝してしまい、起きたら昼前になっていた。


さすがにもう起きようと瞼を開けて、ベッドから起き上がる。


カーテンを開けると日差しが部屋に差し込んできた。


天気が良く、絶好の行楽日和のようだ。


彼女と今日の予定は話していなかったけど、せっかくだからどこかに出掛けてもいいかもしれない。


洗面所に向かい、冷たい水で顔を洗って、眠気を取り払う。


あとはコーヒーでも飲めば、しっかり目が覚めるだろう。


リビングにいるだろう彼女と今日の予定でも話し合いながらコーヒーを飲もうと、俺はリビングの方へ向かう。


だが、予想に反してリビングに彼女はいなかった。


シンと静かで人の気配がない。



……詩織ちゃんはどこに行ったんだろ?



キッチンや他の部屋も念のため覗いてみるが、やはり彼女の姿はなかった。


お昼時だから買い出しにでも行っているのだろうか。


おかしいなと思いつつ、電話でもしてみるかと、寝室に置いていたスマホを取りに行く。


スマホを手に取った時、そこで初めて彼女からメッセージが届いていることに気がついた。


どうやら家から出る前に連絡を入れておいてくれたようだ。


メッセージアプリを開き、未読のメッセージを確認する。


そのメッセージを見て、俺は目を丸くした。



“週末はちょっと実家に帰ってきます”



そんなシンプルな一文。


普段ならまぁそんなこともあるだろうと思えた。


ただ、昨夜のあの一件があった矢先のことだったから、そこに意味があるのではと感じてしまう。



……もしかして、避けられてる……?



なんとなく嫌な予感がして胸騒ぎがする。


笑顔が堅かったり、小説は現実逃避にいいですよと言っていた彼女。


やっぱりアレらは何か彼女からのサインだったのだろうか。



すぐに彼女に電話をかけてみるも、応答がない。


いっきに目が覚めた俺は急いで外に出かける身支度を整え始める。


合間に再度何度か電話をかけてみたが、どれも留守番電話に繋がるだけだった。



……電話も無視されてるのか……??



折り返しもないのだから、その可能性はある。


俺はスマホとキーケースのみ手に握り、取るものも取り敢えず家を飛び出した。

涙溢れて、恋開く。

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😭😭

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