さて、送信だ。
「そういえば…普段どんな曲聴くんですか?😊 おすすめとかあったら知りたいな〜」
実に官能的な表現をしたつもりなのに、出てきたのは随分と平凡な質問だった。
……まあ、自己紹介の後なら悪くないだろう。お互いを知るきっかけとして音楽の話題を振る――上出来じゃないか。何?文句あるの?
誰に対してキレているのか分からなくなったが、そんなことは些末な問題だ。大事なのは、相手の反応。返信を待つのみ。
……ピコン。通知音が鳴る。
「『マーライオン』っていうアーティストの『君は上手くいくさ』って曲かなぁ〜😊🎶 おじさんね、落ち込んだ時に聴くとね、いつも元気もらえちゃうんだよねぇ✨💪 ルリちゃんにもぜひぜひ聴いてほしいなッ😍💕 ところでルリちゃんのおすすめの曲はなぁに❓🎵 気軽〜に教えてくれるとおじさんうれしいなぁ🤗🌸」
スマホの画面に躍る長文を眺め、思わず感心する。
よくもまあ、こんなに体力のいる文章を次から次へと書けるものだ。ぜひその余力を私にも分けてほしい。
しかも、名前を挙げられたアーティストも曲も知らない。どうせ「おじさん世代」なら常識なのだろうが、私の世代では一度も耳にしたことがない。
とりあえず、こちらも返すことにした。
「へぇ〜✨今度聴いてみますね☺️ 私のおすすめは『sak.』っていうボカロPの『kawaii⭐︎超神論』って曲かな🎶 他にも色々好きなのあるけど、特にこれはお気に入りなんです💕」
少し試すような響きが混じった。さて、向こうはどう反応するだろう。
「あぁ〜〜、、ボカロ??っていうのかなぁ🤔🎶 最近はやってる〜って噂は聞くけどねぇ〜💦 おじさん正直よくわからないんだよねぇ😅💦💦 ロボットみたいな声なんだっけ❓🤖🎤 そのくらいの浅〜〜い知識しかないのよねぇ(笑)😂✨」
――ふふふ、かかったな。偽造おぢめ。
『ボカロ』という言葉は、あえて仕込んだ罠だった。
正確に言うと、最初から言っている『例の曲』はボカロではない。
ボカロ――ボーカロイドは、存在しない声を0から作り出し、歌わせるソフト。
それに対し、AI音声合成は実在する歌手や声優の声を学習し、人間とAIの中間のような歌声を生み出す。いわゆる「AIシンガー」だ。
つまり、ボカロの仕組みすら知らない相手が、AIシンガーについて知っているとは考えにくい。
この『偽造おぢ』も、『例の曲』を知るまい――そう踏んでいた。
……だが、話は単純ではなかった。
AIシンガーの歌声は、人間とほとんど区別がつかない。
現代のAI画像と同じで、素人目には見分けがつかないのだ。
実際、ボカロ嫌いの友人にAIシンガーの曲を聴かせた時のことを思い出す。
「この人、歌上手いね!曲も可愛い!」――そう無邪気に感想を漏らしていた。
そう。知らず知らず、聴いている可能性があるのだ。
つまり、この偽造おぢもまた――気づかぬうちにAIシンガーを聴いていたかもしれない。
(……無きにしも非ず、二回目)
思考を巡らせていると、また通知音が鳴った。
……新着メッセージ。
画面を開いた瞬間、背筋を冷たいものが駆け抜ける。
私は思わず、息を呑んだ。