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塹壕から飛び出して文字通り戦車を一刀両断にしたシャーリィ。その姿を眼にした『血塗られた戦旗』の面々は仰天した。
明らかに堅牢な建物を一撃で粉砕して天を突くように跳ね上がった士気は、その異様な光景を前にして一気に沈下した。
後方でそれを唖然と眺めていたリューガは、直ぐに我に返る。
「あっ、あの小娘を殺せぇ!逃がすな!確実に仕留めるんだ!早くしろぉっ!」
正体不明の敵に対する恐怖は、歴戦の傭兵達だからこそ足を鈍らせる。このままでは恐怖に支配されて味方が総崩れとなる。
そうなる前に、正体不明の存在を排除しなければならない。そう判断したリューガは、『血塗られた戦旗』総員に向かって声を挙げた。
騎兵隊による決死の突撃と戦車の存在により陣地へ迫っていた『血塗られた戦旗』歩兵団は一斉に銃を構え、装甲車は機関銃をシャーリィへ向けた。
「シャーリィっ!」
塹壕から飛び出したのは二つの影。ルイスとベルモンドである。
「ルイ!ベル!?」
「ルイ!早くしろ!」
「わかってる!」
「ちょっ!?」
ルイスはシャーリィを抱き抱えるとそのまま塹壕へ飛び込む。
その間ベルモンドは大剣を盾にして銃弾を防ぐ。
「ベルモンド、直ぐに戻りなさい」
「掩護射撃ーっ!!」
カテリナを先頭に皆が『血塗られた戦旗』へ向けて銃撃を開始。一瞬の隙を突いてベルモンドも塹壕へ飛び込むが。
「ちっ!下手を打った!」
飛び込む寸前に飛来した銃弾が左足を貫き、傷を負わせた。
「ベル!?」
「大丈夫だお嬢!こんなのかすり傷さ!」
血相を変えたシャーリィを安心させるように笑みを浮かべ、塹壕内に放置されている木箱へ腰掛ける。
「衛生兵!早く此方へ!」
「はっ!」
近くに居た衛生兵が駆け寄り、直ぐに処置を施していく。処置を受けながらベルモンドはルイスへ視線を向ける。
「この様じゃ、お嬢を護れそうにない。任せたぞ?ルイ」
「任せろ、ベルさん!たまには休んでくれよな」
猛烈な銃撃戦は継続していた。残された一両の戦車は少し後方へ下がり、本隊と足並みを揃えて陣地へ迫りつつあった。
ここに至り砲兵隊も敵戦車ではなく敵本隊そのものへと砲撃を開始。
広く分散しているとは言え、絶え間ない砲撃は『血塗られた戦旗』に出欠を強いた。もちろん傭兵達も負けじと激しく応戦し、『暁』歩兵隊にも死傷者が出始めていた。
「怯むな!敵は多勢だが我らには精魂込めた陣地がある!砲兵隊の支援もある!ここを抜かれては破滅を待つのみだ!決して怯むんじゃない!」
歩兵隊を率いるダンが大声で激励しながら塹壕内を走り回る。犠牲を出しながらも飛び込んできた騎兵隊を壊滅させた歩兵隊は、『血塗られた戦旗』本隊と激しい銃撃戦を繰り広げていた。
「お嬢様!もう宜しいかと思われます!既に敵は此方へ肉薄しております!」
徐々に被害を増していく中、戦況を見つめていたマクベスはシャーリィへ具申を行う。
「頃合いですね。合図を!ここで畳み掛けます!」
「はっ!」
マクベスは天へ向かって信号弾を打ち上げる。青色の弾は雨の中でもはっきりとその役目を果たした。
「ミス・シャーリィからの合図だ!さあ!今こそ我々の力を示す時!遠慮は要らない!思う存分暴れまわってやろうじゃないか!」
「「「おおおーっっ!!」」」
突如『血塗られた戦旗』本隊の後方にある地面が盛り上がり、複数箇所の穴が開く。そこからメッツを先頭に『海狼の牙』からの援軍二百名が飛び出して本隊の後衛へ襲い掛かった。
「何の騒ぎだ!?」
「リューガ!敵の新手だ!地面に潜ってやがった!数は百以上!後衛が応戦してる!」
「なんだとぉ!?伏兵か!」
リューガはその報を聞いて判断に迷う。敵に挟み撃ちにされたい以上採れる選択肢は少ない。
「リューガ!まさか逃げるんじゃないだろうな!?」
「まだまだ俺たちは数で勝ってる!それともなにか?後ろの奴等は気に入らねぇから始末するってか!?」
「なにをバカなこと言ってやがる!?」
だが、『暁』が植え付けた不信感はここでもリューガの足を引っ張った。
彼に対する不信感が、撤退と言う選択肢を潰してしまったのである。
「どうすんだ!?目の前の奴等には、さっきのガキも居る!野放しにしたら俺達皆殺しにされるぞ!」
「敵は後衛の奴等に任せて、さっさと目の前の陣地を落とした方が良いんじゃねぇか!?」
「手応えはあるんだ!あと一押しで落とせる!戦車と装甲馬車を押し立てれば勝てるだろ!」
激しい銃撃戦を繰り広げているが、『暁』に被害が続出しているのを遠目に察した傭兵達は、前進を強く促す。
「ちぃ!仕方ねぇ!目の前の奴等を皆殺しにして陣地を奪うぞ!その後に後ろの奴等を迎え撃つ!」
『血塗られた戦旗』は『海狼の牙』の伏兵に押し出される形で更に前進。
銃撃戦は激しさを増し、戦車の砲撃で更にトーチカの一つが破壊された。それを見て『血塗られた戦旗』一同は士気を上げたが。
「仲間達の仇を此処で果たすのだ!良く狙え!一度きりだぞ!」
マクベスはずっと潜ませていた狙撃手六人の下へ走り指示を出す。
『暁』戦闘部隊の中から特に射撃に秀でた六人は、簡易スコープを取り付けた小銃を構えて狙いを定める。彼らの位置は正面ではなく陣地の右翼。側面からの射撃が可能であった。
目標は、指揮を執るために前に出ている傭兵王リューガ。装甲馬車の陰に隠れているが大柄のため良く目立つ。そして必中の距離まで接近していた。数多の犠牲を出し、『海狼の牙』のメッツ達に危険な伏兵を任せたのはこの時のためである。
「放てーーっ!!」
マクベスの号令で六発の銃弾が撃ち出された。
一発は外れ、一発は装甲車に弾かれる。だが残る四発がリューガへと襲い掛かった。
安全な場所に居ることを周りが許さなかった傭兵王はその生身の身体を戦場に晒しており、その事が彼の運命を決めた。
向かって左側から飛来した銃弾の内三発が脇腹と左腕に直撃。脇腹に突入した二発は彼の内臓に深刻なダメージを与え、そして残る一発は左側頭部に着弾。頭蓋骨を貫通した銃弾はそのまま脳髄を貫き、反対側から飛び出して装甲車の鉄板に突き刺さって動きを止めた。
眼を見開き、そして白眼を剥いたリューガはそのまま巨体を大地へと沈めた。『血塗られた戦旗』からは悲鳴が、『暁』からは天を割らんばかりの大歓声があがる。それは間違いなく、この戦いの一つの終結を示していた。
「あの鍛え上げられた身体を活かすこともなく、か。鉄砲ってのは怖いねぇ」
手当てを受けながらぼやくベルモンドの言葉は、一つの時代が終わったことを示唆していた。