巨星堕つ。先頭に立って指揮を執っていたリューガの戦死は『血塗られた戦旗』全体に大きな動揺を招いた。
「リューガが殺られた!?」
「あいつが先頭に立つから!」
「お前らが変な言いがかりを付けたからだろうが!」
「お前らだって文句を言ってただろうが!」
リューガの死により、『血塗られた戦旗』本隊のリーダー達は戦闘中に関わらず口論を始めた。意見の統一は図れず、前進し続ける者や逃げ出す者が続出。完全に統制を失う。
癖の強い傭兵達を取りまとめていたリューガの存在は、この大軍を維持するために必要不可欠だったのである。
そして、そのような好機を『暁』が見逃すはずもなかった。
「作戦を第二段階へ移行します!信号弾を!」
「はっ!」
打ち上げられた赤い信号弾は、まるでその時を待っていたように雨が止み日差しが現れた空に高々と登った。
「合図だ!進撃開始!一気に蹴散らすぞ!」
それを見て潜んでいた戦車隊が動き始める。砲兵を潰した彼らは比較的早く戻っていたが、戦いには参加せず付近に潜んでいた。彼らは当初から信号弾が上がるまで待機するように指示されていたのだ。
すなわち、味方が危機的状態に陥った場合は青い信号弾を。好機である時は赤い信号弾を打ち上げるのである。そして撃ち上がった信号弾の色は赤。それを確認した戦車隊は意気揚々と重厚なエンジン音を響かせて『血塗られた戦旗』本隊側面へと襲い掛かる。
「敵後衛への攻撃は控えろ!『海狼の牙』の兄弟達が戦っているんだからな!」
突如現れた戦車隊に『血塗られた戦旗』は混乱状態に陥った。ただでさえ統率力を欠いていた集団は、満足な対応が出来なかったのである。
唯一の希望である残された一両の戦車のみが健気に陣地を攻撃していたが、近付きすぎたことが命運を分けた。
「これ以上はやらせませんっ!覚悟しなさい!」
ルイスを伴って張り巡らされた塹壕を駆け抜けたシャーリィは、もっとも近い場所から飛び出す。
「風よ!」
真後ろへ向けた柄から突風が吹き出し、更に『飛空石』の力で浮いて一気に加速したシャーリィは瞬く間に戦車との距離を詰める。
「輝けぇっ!」
そして光の刃を出現させると、加速を止めること無くそのまますれ違い様に切り抜けた。
FT-17戦車は装甲ごとまるでバターのように切り裂かれて光の粒となり消滅する。雨が止んだことで行うことが出来た戦法である。
そしてその光景は、まだ高い士気を維持していた一部の傭兵達の戦意を挫くには最適なものであった。
「なんだあいつは!?」
「空を飛んでるぞ!?ばっ、化け物だぁーーっ!!」
「化け物とは失礼な。人間のつもりですよ」
シャーリィは敢えて『飛空石』で傭兵達の上空を飛び回り、時には魔法で威嚇しながら圧力を掛ける。
「全軍!我に続け!ここで敵に打撃を与える!」
サーベルを引き抜いたマクベスの号令に従い歩兵隊が塹壕を飛び出して混乱状態の『血塗られた戦旗』へと襲い掛かる。
絶え間ない砲撃、空を飛び回り魔法で攻撃してくる少女。側面から殴り込みを掛けてきた戦車、後方で暴れまわる『海狼の牙』。
統率者を失った『血塗られた戦旗』に出来ることは無かった。
「私にだって、これくらいは出来るんですよ!」
空を漂うシャーリィは、勇者の剣を天へ掲げる。流された魔力はそのまま『魔石』を介して魔法を構築。巨大な火球を産み出した。
「ファイアーボール!」
そのまま火球を『血塗られた戦旗』本隊のど真ん中へ撃ち放つ。雨で濡れていたため燃え広がることはなかったが、直撃地周辺に居たものを容赦なく炎で包み込んだ。
「最初からそうすれば楽だったんじゃないか?」
一旦ルイスの傍へ戻ったシャーリィへ、ルイスが問いかける。
「そう簡単な話ではありません。雨が降ると『飛空石』の力が失われるんです」
『飛空石』は雨天だとどんなに魔力を込めても浮力を得られない。詳しい原因は『魔石』文明を誇るアルカディア帝国でも不明であり、そのため飛空挺は雨を避けて運用される。
「そうなのか?」
「仮に使えたとしても、雨の中では視界も悪く運用に難があります。強い力は簡単には手に入らないと言うことでしょう」
「そりゃ残念だな。また行くのか?」
「はい、私が空から攻撃するだけでも効果はありますからね。ただ、ある程度で攻撃を止めます」
「分かってる。俺はどうすれば良い?皆と一緒に突っ込むか?」
「このまま待機してください。私が戻る場所が分かりやすいので」
「おう、分かった。気を付けてな」
大混乱に陥った『血塗られた戦旗』本隊からは逃げ出すものが後を絶たない。
「一人でも多く仕留めなさい!ここで数を減らせば、後が楽になるわ!」
「無理をせずに追撃をしなさい!いくわよ!」
戦車隊と一緒に戻った『猟兵』とマーサのエルフチームが逃げ出す傭兵達に激しい攻撃を加えて死傷者を一気に増やした。
それから凡そ三十分程度で『血塗られた戦旗』は完全に総崩れとなった。
「深追いはするな!陣形を整えよ!」
だが『暁』はここで攻撃を取り止め、追撃を行うこと無かった。
「最低限の人数を残して『黄昏』へ!別動隊の動きに備えます!」
カサンドラ率いる一隊が見当たらないことから別動隊による攻撃を警戒し、追撃は行わずに大半の兵を『黄昏』へ戻す。
追撃に関して引き続き深追いにならない程度に『猟兵』が受け持った。
『黄昏』東部陣地。激戦が続く西部陣地の反対側に位置するこの場所は、警備兵が十名程度滞在するだけで静かなものだった。
「よぉし!予定通りだ!」
カサンドラは自らの騎兵百騎に追加された歩兵五十を合わせた百五十が、カサンドラに率いられて『ラドン平原』を迂回。東部陣地へ襲い掛かった。
「んっ!?ははははっ!やはり居たかい!」
カサンドラの視線の先には、エレノア率いる海賊衆が待ち構えていた。
「ここは通さないよ、カサンドラぁあっ!」
「ふははっ!たまには働かんと嬢ちゃんに悪いからな。美酒を楽しませて貰うぞ!」
迎え撃つのは海賊衆三十にドルマン率いるドワーフチーム三十、合わせて六十名。数に劣るものの士気は高くまた援軍も見込める状態であった。更に陣地に立て籠り持久戦の構えも見せている。
シャーリィ達が本隊を撃退して数分後、主戦場の反対側である東部陣地で雌雄を決するもう一つの戦いが始まろうとしていた。そしてそれは、エレノアにとって因縁の戦いとなるのである。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!