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近所に私より年上の兄弟がいた.赤ん坊の頃からよくお世話をしてくれていたようで.毎年の夏に冷えたスイカを一緒に食べていたと母に聞かされた.

「もくにぃ・とうにぃ」

拙い言葉でそう呼んでいた彼らは,いつしか軍人になると地元を離れていった.

日清戦争終結後,帰ってきてくれたのは良かったけど.

「アイツは俺が死なせたようなもんだ….」

縁側で遺品を抱きしめ力なく言う彼に.

「もくにぃのせいじゃないよ….」

隣に座ってそう言うのが精一杯で.

「うん,ありがとう….」

私の頭を撫でながら微笑むその顔はとても疲れていた.

しばらくここに居るという彼は,翌日から農作業に勤しんでいた.

「お昼休憩しよー!!」

母とお茶瓶や握り飯を持って畑仕事をしている父や彼に呼びかける.父が軍の話ばかり聞きたがるから全然つまらなくて,でも.

「(もくにぃってこんなに体格良かったっけ.その辺の男の人より俄然おっきい….)」

とぼんやり見つめていると目が合って.恥ずかしくなってつい逸らした.

「見ないうちにすっかり大きくなったな.」

夕餉前,庭先で育てている西瓜に水をやるため,水路で水を汲んでいると声をかけてくれた.

「もくにぃこそ,軍人さんになるからって体鍛えたの??」

「そんなとこ,訓練の賜物だよ.」

あれだけ兄として慕っていたのに,どう接していいか分からない.何を話せば良いかも分からない….

「スイカ,順調に育ってるか.」

「うん.」

「甘いのが出来るといいな.」

「うん.」

「呼び止めて悪かったな,じゃあ….」

「もくにぃ.」

「ん??」

「…また明日.」

「また明日.」

そして西瓜がたくさん実った頃.

「うん,美味しいよ.」

「良かった.」

午後の畑仕事前に,あの時みたいに縁側で皆で西瓜を食べる.

「俺や藤次郎の分までねだるから大変だったんだ.食べさせ過ぎるとお腹壊すかもしれなかったから.」

「そうだったの??全然覚えてないや.」

と思い出話をしていたら,母はおもむろに彼の縁談のこととかを話し出す.“あんたには勿体ない”と言われた手前,この話は聞きたくない.

「(分かってるよ….)」

近所の男子とは違う大人の色気を纏った彼を,意識してしまう自分が嫌だ.

その日の夜,寝つけなくて外へ出ると.

「(タバコのにおい….)」

門を1歩出て辺りを見回すと見つけた.

「もくにぃも寝つけないの.」

彼は一瞬驚いたけど,すぐいつもの優しい顔になって.

「そうなんだ.」

「一緒だね.」

煙草の煙で霞む月明かりを眺める.

「あのさ.もくにぃって好きな人いるの.」

「ゴホッ!!ごめっ…!!むせた!!」

「そんな驚かなくても.」

「いや,そっか.そういうの気になる年頃だもんな.」

「真面目に教えてよ.」

「…いないよ.そっちは??」

「いるよ.」

「へぇ,どんな人??」

「背が高くて,体格がよくて.整った顔だけど笑うと下がり眉がさらにさがって可愛らしくなる人.」

「そいつは止めといた方がいい.」

「なんで.」

「きっと🌸のこと幸せにしてやれない.」

「そうなの??私はその人の隣にいれるだけで幸せなのに….でも,片思いに終わるの.私には勿体ない人だから.」

雲が晴れて,再び月が2人を照らす.

「もくにぃ.」

「どうした??」

「手,握っていい…??」

「…いいよ.」

差し出された手を両手で包むと,彼ももう片方の手で包み返してくれる.

「こんな兄ちゃんだけど,慕ってくれてありがとうな.🌸には必ず良い人が現れるよ.」

「うん….」

「さぁ,もう家に入りな.」

「うん.ありがとうもくにぃ,おやすみなさい.」

「おやすみ.」

応えてくれた彼の微笑む顔は哀しげだった.

それから一週間後,彼は東京に行ってしまった.

月日は流れ.18歳で私は婿養子をとって結婚し,子どもも産まれた.彼は正月に帰ってくるくらいで,その時に士官学校で教鞭をとっていると教えてくれた.

そしてある年から帰って来なくなった.日露戦争後,登別の温泉施設で療養しているという手紙が届いたきりと彼の母は言った.出兵する夫に所在をつきとめて欲しいとお願いしたきり,夫は戦死して無言の帰宅となった.

「(スイカ,今年で作るのやめようかな….)」

と間引き作業をしていると,軍人さんが家の前を通った気がした.彼が帰ってきたのだと思って嬉しいあまり飛び出すと.

「おばさん??」

軍人さんを前に,うなだれた様子の彼の母は私を見るなりこう言った.

「杢太郎が殉死した.」

何を言っているのか分からない.信じられない.だってあんなに強そうな人が….

「嘘だ….」

軍人さんを見る.

「北海道で,ある事件の捜査中に….」

軍人さんは軍帽を下げ目元を隠し,首を横に振った.

「おばさん,何持ってるの??」

おばさんは,震える手で抱き抱えていたものを見せてくれた.

「生前に鹵獲した襟巻きだそうです….」

と軍人さん.手にとってみると血がついていて.

「もくにぃ,ねぇ,嘘って言って…??」

ついに抑えていた涙と嗚咽が漏れた.おばさんが肩を抱いてくれる.軍人さんはつられて泣くのを我慢するように天を仰ぎ,敬礼して去っていった.

夫が戦死したと聞いた時より泣いた私は,心の片隅ではずっと彼の事を諦めきれなかったと言うことに気づかざるを得なかった.それが余計に悲しくて悔しくて,泣きつかれた後は両親に子どもを任せ,死んだように眠った.

あれ以来,西瓜を作るのを止めた.その代わり菊の栽培を始めた.彼の名字に入る花ということと,お墓に手向ける花として.最初は菊で商売をするつもりはなかったが,近所で有名になって,縁を辿って東京のいくつかの花屋に卸すことになった.

そして年月を重ねたある日.床の間に生けていた菊の花びらがはらりと舞った.

「(そろそろ新しいのに変えないと.)」

立ち上がった瞬間,身体中に激痛が走り思わず倒れこんだ.

運ばれた病院で治療困難な癌であるといわれたので,モルヒネを投与するだけの自宅療養の道を選んだ.

それも効かなくなるほど痛みが酷くなったある日.

「(あぁ,もうこんなに散って….)」

一晩中痛みに耐えた日の朝,ゆっくり目線を動かして床の間の菊を見る.床に花びらが落ちていて,茎に残っているのは残り数枚.

「(もう少し,寝た後でも良いよね….)」

急な眠気に襲われ,また1枚花びらが舞うのを眺めながら目を閉じた.

「(!?…ついに死んだのね,私.)」

目を覚ますと舟の上で,自分がもうこの世の人でないことをさとる.岸に着いたので降りると目の前は白く無機質な空間が広がっている.

「これが天国というものなのかしら….」

歩を進めながらふと横を見ると真っ暗で.でもよく見ると灯りがみえる.

「あっちが天国??それとも….」

近づくにつれ見えるのは人影,それに灯りではなく炎だったようで.

「(人が燃えて…!?)」

走らずにはいられなかった.だってそこに居たのは.

「もくにぃ!!」

呼ばれて気づいた彼は来るなと身振りをしたが構わず飛び込んだ.すると炎は消え,真っ暗だった空間は晴れて花びらが舞う景色に一瞬で変わった.

「お前….来るなって言ったのに.」

「もくにぃって分かったら飛び込まずにはいられなかったの!!なんでもくにぃがあんな目に合わないといけないの!!」

「俺はたくさん人を殺した,汚れ仕事もたくさん請け負った.だからああやって苦しみながら地獄へ堕ちなきゃいけないんだ.」

「それで罪を償ったつもり!?戦争も北海道での事件のことも1人で背負った気になって!!もくにぃはそんな大層な人じゃないでしょ!!全部もくにぃのせいじゃないよ,もくにぃは…体格よくて格好いいけど,ちょっとどんくさくて.笑うと下がり眉がさらに下がって可愛くなる私の大好きなお兄ちゃんだよ….」

幼かった時のように,涙も鼻水もごしごし押しつけて泣く私に彼は根負けしたようにため息をついた.

「見ないうちにすっかり立派なお嬢さんになって….」

「お嬢さんだなんて,もう顔中しわくちゃのお婆さんよ….」

「俺からみたら🌸は今でもあの頃と同じ🌸のままだよ.」

「そう言うもくにぃは,無精髭がある以外はほとんど老けてないね.」

「ほんと??嬉しいこと言ってくれるね.」

少し気分も落ち着いて,空から降る花びらを見つめる.

「お釈迦様に直談判しにいく??」

「いや,これはもう恩赦をうけたんじゃないか??」

「そうなのかな.だとしたらこの先歩いたら皆に会えるのかな.」

「まだ会ってなかったのか??」

「今しがた三途の川渡ってきたところなの.」

「そうかそうか.俺もこの道は初めてだから…まぁ歩いてたらそのうち会えるだろ.」

「そうだよね.」

と笑って花道を歩きだす.皆に会えるまで生前のお互いの話は尽きることはなかった.

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