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嘘だ…トラビスは咄嗟に力を緩めたと話していた。だから傷は浅いはずだと。でも…血がたくさん流れていた。血が流れすぎたの?傷から炎症を起こしたの?治癒が遅れたの?

ぐるぐると考えてもわからない。ゼノのことは大好きだったのに。バイロン国で僕とリアムのことをわかってくれる、唯一の人だったのに。ごめんなさい…僕のせいだ。ゼノ、ごめんなさい。

「今ここで!ゼノの仇を打ってもいいのですよっ」

ジルの叫びにハッと顔を上げた。

ジルが剣を振り上げて、僕を斬ろうとしている。

「やめろっ」とリアムが叫ぶと同時に、僕は左手をジルに突き出した。

「うわあっ!」

僕の左手から白い光が出てジルの身体に当たる。ジルの身体は大きく飛び、後方の木にぶつかった。白い光はジルの全身を包み、木に縛りつける。

「フィルっ、なにをした!」

「…彼は邪魔だ。僕とリアムが勝負をしていたのに。だから少しの間、あそこで見ていてもらいます」

「しかし…っ」

「ああでも。早く決着をつけないと、彼が窒息してしまう。だからね…リアム、本気で僕を殺しにきて」

「俺は…おまえを愛してる。なのにゼノが死に、次はこのようなことを…。俺はどうすれば…」

リアムが僕を憎み始めている。それでいい。辛いけど、それでいい。

僕はふと、ノアのことを思い出した。ノアの家に泊めてもらった時のことを。

ノアはリコと二人暮らしだったけど、とても幸せそうだった。

国とか背負わないで、あのような家でリアムと二人で暮らせたら、どんなに幸せだろうか。もう叶わない夢だけど、約束通りにリアムが迎えに来てくれた時に、小さな家で二人で暮らしたいと話すつもりだった。

ノアにも会いたい。たった一人の友達だったノア。僕のことを忘れないでくれたら嬉しい。

「くそ…これを解け…」

「喋ると余計に苦しくなるよ」

「おま、え…ラズール…という者、を…知ってるか…?」

「ラズールがなに?どうしてあなたがその名を知ってるの?」

「クルト…王子…から、聞いた…。病で…死ん…だ、らしいぞ…」

「うそだっ!薬を送ったから死んではいない!うそを言うなっ」

「ぐっ…!」

僕は左手に更に力を込めた。

ジルの口から泡が出てきた。

ブツブツと呟いていたリアムが顔を上げてジルを見て、叫びながら僕に突進してきた。

「やめろっ!」

一瞬のことだった。

僕はよけることもできなかった。

リアムが剣を振り下ろした直後に、僕の左手がボトリと地面に落ちた。

「あ…熱い…」

僕は血が吹き出る左腕を掴んで、その場に座り込んだ。

切断された箇所が激しく痛い。そして燃えるように熱い。早く治癒の魔法をかけなければ。早く止血をしなければ。そう思うのに焦って、うまく魔法がかけられない。

でも、どうして斬れたの?左腕には、蔦のような痣があるのに。痣が僕の身体を傷つけさせないはずなのに。なのにリアムに斬られた。どうして…。

ジルにかけていた魔法が解けて、ジルの身体が地面に落ちた。

リアムはジルに駆け寄り、呼吸を安定させる治癒をしている。

自業自得なのだけど、僕に来てくれなかったことが悲しくて辛くて、僕は肩を震わせて泣いた。

その時、僕の身体に大きなマントがかけられ「大丈夫ですかっ」と焦る声が聞こえた。

聞き覚えのある声。でも…まさか。つい先ほど、死んだと聞かされた男の声だ。

僕はのろのろと顔を上げる。涙でぼやけてしまうけど、ゼノの顔が見えた。

ゼノが苦しそうな顔で僕の腕の治癒を始める。

「痛いでしょう。すぐに止血をしますからね。設備の整った場所に移ったら、切断された手をくっつける治癒をしましょうね」

「ゼノ…よかった…。ごめ…なさい」

「なにも謝ることはありませんよ。トラビスに斬られましたが、彼は力を加減してくれましたから。少し皮が切れただけです。だからほら、俺は元気です。それよりもあなたです。こんなひどい目に合って…。リアム様が…やったのですね?」

僕は泣きながら頷いた。嗚咽しながら「僕のせいだから」とまた謝った。

血が止まるとゼノが腕を布で固く縛り、落ちた左手も布で包んで上着の懐に入れた。そして僕を抱きしめた。ゼノの心臓の音が大きく聞こえる。身体も震えている。見上げた顔が怒っている。

僕のことで怒ってくれることが申しわけなくて、更に涙を流した。

ゼノが、僕を胸に抱いて怒鳴った。

「リアム様!あなたはご自分が何をしたかわかっているのですか!」

リアムがジルから顔を上げてゼノを見て、驚いて走ってくる。

「ゼノっ?おまえ…生きてたのかっ!」

「何を仰ってるのかよくわかりませんが。俺は元気ですよ。それよりも!これは一体どういうことですか!」

「ジルから…ゼノが死んだと聞いた。その上、ラズール?とかいう名の者が死んだと聞いたフィルが、ジルを殺そうとしたから…咄嗟に斬った」

「この…白く細い腕を…手首を斬ったと?すぐに止血をしなかったために、フィル様は今にも死にそうになってますが?」

ゼノの声が怒りで震えている。リアムの声も震えている。僕の全身も震えている。

そうか…血が流れすぎたのか。だからこんなにも寒く、震えが止まらない。

「…すまない。助かるのか?」

「さあ?」

「ゼノ、なぜそんなに怒っているんだ」

「あなたがこのような事態になっても、まだ思い出さないからですよ!本当に何をしたかわかってますか?あなたは大切な宝を、自らの手で壊したのですよっ」

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