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__「おーい、坂下!!」
大きな声と共に机を叩く音が部屋中に鳴り響き頭が割れそうになる。
「また単独行動に走ったろ!」
そう私に罵声を浴びせるのは土井係長だ。
「申し訳ありません、ですが捜査の許可を出してくれないのは係長じゃないですか。」
私も負けじと声量を上げた。そんなことお構いなしに土井は見下し、嘲笑った。
「女の刑事に何ができる。お前は捜査から外れて時効目前の資料でも見てな。」
__そして今に至る。
交番勤務からついに捜1の主任に昇進し、班を持つまで上り詰めたというのに、刑事官にあまり女性がいないせいか、ずっとあの調子である。
私は怒りと悲しさのモヤを抑えながらも資料を手に取り読み漁った。
__「レオナルドダヴィンチ生き埋め殺人事件」
被害者は性別、年齢、身元いずれも不詳。無惨にも遺体はバラバラにされ、山道の100cm深くの穴の中で生き埋めにされた事件である。
残っていたのは河田遥(カワダ ハルカ)という人物の保険証のみで彼女は事件の3年前に病死していることから関連性は見受けられなかった。
遺体付近にも物証なし、目撃者も付近の人物を洗っても何もなかったことから捜査不能となり、あと1週間で時効を迎える事件である。
何も残さぬ美しい殺人現場は、レオナルドダヴィンチの絵画の美しさに例えられ「レオナルドダヴィンチ殺人事件」と名付けられた。
__「しかし、なんか見たことあるな、河田遥」
私は頭を抱え、記憶を呼び覚ましていた。
どれくらい時間が経っただろう。まるで、頭の上に電球が浮かんだようにパッと思い出したのだ。
私は小学校の卒業アルバムを漁り、2組のページで手を止めた。
「これだ…。」
河田遥、当時6年2組の担任であった。
急いで微かな記憶として残った人間関係の点と点を繋ぎ合わせ、一つの答えに辿り着いた。
河田先生は2組の生徒の澤部美月(サワベ ミズキ)と付き合っているという噂が流れ、私たちの卒業と共に教師という職を降りたのだ。
__もしかすると遺体は…
澤部美月に両親や親戚はいないことから、河田が面倒を見ていた可能性が高い。遺体の頭蓋骨の大きさから見て10代後半~20代前半と見ると近辺でバイトをしていたかもしれない。
私は河田の家付近で聞き込みを行い、澤部美月の働いていた風俗店に辿り着くことができた。
澤部美月のおよそ5年後の推定人物像の写真を店のオーナーに見せた。
「澤部美月さんはここで働いていたということで間違いないでしょうか?」
写真を見てオーナーは眉を顰めた。
「うん?こんな顔じゃあ無かったなぁ」
シミュレーション写真だし実物と異なるのは仕方ないだろうと思い、そうですか。と写真をしまおうとした途端、河田遥の保険証を落としてしまった。
「あ、すいませ…」
「おぉ!この人だよ!この人が澤部さん」
そう、働いていたのは河田遥の方だったのだ。
「昨日も来ていたよ、澤部さん。」
私は混乱した。
これは澤部ではなく河田の写真である。
「ちょっと待ってください、これは澤部さんではありませんが河田が昨日もここへ来たというのですか?」
「澤部さんじゃない?じゃあこの女誰だよ」
そうオーナーは鼻で笑うと煙草を蒸し始めた。
「河田さんは病死しているはずですが、本当にこの顔で確かなんですよね?」
「あぁ。そうさ、明日もシフトが入ってるはずだから張り込めばいいじゃないか」
__どういうことだ、名前を偽ってまで何がしたかったんだ…。
私の頭に悪い予感がよぎった。
もし…遺体が澤部美月のものなら、
殺したのは生きていた河田遥…?
それなら名前を偽った意味も、まるで生きているかのように仕向けたという説明がつく。
私は風俗店の前に車を止め、河田遥の出勤を待った。
__ちょうど19時半、赤いショートワンピースに身を包み、黒いヒールをコツコツと鳴らし現れたのは河田遥だった。
「すいません、高谷警察署の坂下玲子(サカシタ レイコ)です。今お時間宜しいでしょうか」
河田は顔を真っ青にして逃げようとするも、高いヒールのせいでつまづき盛大に転んでいた。
「貴方は澤部美月さんと同居していた。間違いないですか?」
「あぁ、そうだよ」
河田は不機嫌そうに貧乏揺すりをやめなかった。
「では、澤部さんは今日どちらに?」
「しらねぇよ、あんな奴。佐藤佳織(サトウ カオリ)が殺しでもしたんじゃねぇの。」
「佐藤…佳織…?」
「あいつも私のこと変な目で見てきてさぁ、美月を殺すならお前と付き合ってやっても良いって言ったんだよ」
頭が真っ白になると共に涙が溢れそうだった。
聞き馴染みのある名前。
だって佐藤佳織は……
__交番勤務時代付き合っていた、私のかつての恋人だからだ。