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湊は好き嫌いがないけど、お肉は特に好きだ。



私がだんだん食べられなくなると、ここからだというようにあっという間にお肉も野菜もきれいにたいらげた。



湊がこんなふうにたくさん食べてくれると、私は嬉しくなる。



「はい、どうぞ」



ウーロン茶をコップについで湊に渡すと、「ありがと」と、湊は一気に飲み干した。



からになったコップをテーブルに置き、なにも上に乗っていない網を見つめてから、湊は顔をあげた。



「なぁ、若菜」



「ん?」



「なんかあった?」



呼ばれて目を合わせたけど、合わせるんじゃなかった、とすぐ後悔した。



「会ってからずっと、様子おかしいから」



じっと私を見つめる湊と目を合わせたまま、私は口を開くことができない。



原田くんのことは、湊に言いたくなかった。



今日だけは―――湊といる今だけは、彼を気にしたくなかった。



だから湊と会ってから「いつもどおり」を心掛けていたのに、湊は私がいつもと違うことに気づいていたんだ。


私が言葉を探している間に、湊が口を開く。



「原田になにか聞いた?」



単純な疑問のようでもあったけど、声の響きからそれが意味することはわかった。



(湊……)



今の質問でわかってしまった。



私がなにも言わなくても―――湊はきっとなにが原因か知っている。



黙る私の耳に、パチパチと炭が燃える音だけが聞こえる。



……なにか言わなきゃ。



なにも言えないなら、湊の返事を肯定しているのと同じなのに。



わかっているのに、湊がどうしてそれを聞くのか―――原田くんが私を好きだと知っているのがわかるから、声が出せない。



湊の視線を受け止められなくなって、私はなにもない網の上へ目を落とすと、「若菜」と、さっきより優しい湊の声が聞こえた。



「昼、メッセージでおじさんから原田のことで電話があったって言ってたよな。

原田がおじさんの店手伝いたいって言ってるって」



答えられずにいると、湊はそのまま続ける。



「それ、若菜はどう思った?」



原田くんがお父さんの仕事を手伝いたいと言ってくれたこと。



そのことは、今言えることの中で、口にするのが一番簡単だった。


「……ありがたいと思ったよ。

お父さんの店のことも、お父さんのことも考えてくれて。

原田くんにも、ありがたいと思っていることは伝えたし……」



言った後、自分で言った言葉を頭の中でくり返して、はっとした。



今、私……原田くんと話をしたことを、湊に言ってしまった……!



思わず顔をあげると、私を見る湊の目が細くなる。



さびしいとも、苦しいともつかない湊の表情を見て、さっと体の中が冷たくなった。



「……そっか。


あの後、原田と話したんだ。

だから様子がおかしかったんだな」



まるでひとり言のように言う湊を見て、自分の失態を呪いたくなったと同時に、言いようのない怖さがせり上がった。



怖い。



今湊がなにを考えているのかわからない。



いや、湊はお父さんのことも、お父さんの仕事も心配してくれていたから、「原田と付き合えば」なんて言われたら―――。



視線を重ねたまま、どちらもなにも言わなかった。



苦しくて、息すらできない沈黙の後、湊はやがて重い口を開いた。



「実は俺、今日若菜に言おうと思ってたことがあって」



さっきとは違う、弱々しくて細い声だった。



「俺、○○県へ異動になった。


二週間後、ここからいなくなる」



一瞬、なにを言われたのかわからなかった。



でもその後言われたことを理解して、体の中心が急激に冷えていく。




衝撃が大きすぎて呆然と湊を見つめる私を、湊は弱ったような、なんとも言えない目で見つめ返した。



「異動……」



ほとんど意識せず口から小さな声がこぼれた。



湊が異動する。二週間後に引っ越す。



異動先の○○県は近くはない。



それらがぐるぐる頭をまわって、言いようのない不安と怖さが胸を満たしていく私に、湊はやっぱり弱った目をして、小さく笑った。



「……ごめん。決まった時―――それ二週間前なんだけど、その時言おうかと思ったんだけど、言えなかった。おじさんのことでバタバタしるのわかってたし、それに……」



言って言葉を切った湊は、「なんでもない」とまた薄く笑った。




その笑顔が痛々しくて、私の心もボロボロで、気を抜くと涙が出そうだ。



長年湊といる中で、今目の前にいる湊がこれまでで一番弱々しい。


湊がいなくなる。私から離れる。



お互い恋人ができて、就職して、いつかそんな日がくるかもしれないと思ってもいたけど、本当にその日が訪れてしまうのが怖かった。



いつかその日が来た時、私はどうなるんだろうと思っていたから、心づもりをして取り乱さないようしておいたつもりだった。



だけど実際こんな急にくるものだと思っていなかったから、平静でなんていられない。



「……なぁ若菜。若菜ってここを離れたくないよな?」



聞かれて頭の中をはたかれたように、はっとした。



優しくて、弱々しい目と声。



「湊……」



「原田に告白されたんだろ?」



湊は弱い笑みを崩さず私に尋ねた。



喉になにかを詰められたように苦しくなる。



やっぱり原田くんの言うように、湊は原田くんが私を好きなことを知っていたんだ。

「俺、まだおじさんが入院する前、仕事帰りにおじさんに会ってさ」



湊は弱い笑みを浮かべたまま話を続ける。



「おじさん、店を継ぐ人がいないから、店を畳もうか迷っているみたいだったんだ。話聞いてて、おじさんに頑張ってほしくて、後継者探してくださいって言ったりもした。


俺、あの店が好きだからなくなってほしくなかったけど……その後おじさんが倒れて。


俺はなにもできなくて」



弾かれたように、私はほとんど無意識に首を強く横に振る。



そんなことない。



湊がいてくれて、私はあの時心から救われた。



湊もそれはわかってくれているはずなのに。



でも私が思うのと湊が思うのとは違うことも、湊の表情から伝わってくる。



「前に若菜、原田と見舞いに行ったろ。


あの後俺が見舞いに行った時、おじさん、若菜が原田と付き合ってるのか気にしてた。

後継者のこと考えて、たぶんそうなってほしいって思ってるんだろうなって」



「それは」



お父さんがそんな話をしていたなんて知らなかった。



たしかに原田くん―――「渉くんと付き合ってるのか」と後で聞かれたけど、「違うよ」と否定していた。



「俺もおじさんに、若菜たちは付き合ってないって言ったよ。


だけど原田がおじさんの仕事手伝いたいって言ってるって聞いた時、めちゃくちゃ驚いて、あいつならおじさんの力になれるって……俺と違うって思った。


若菜のことも幸せにできるのかもって……思いたくないのに思った」



いつの間にか私から目をはずしていた湊は、ふっと力のない笑みを浮かべる。



動悸が激しくて、息が苦しい。



地面を見つめていた湊は、ゆっくり私に目を戻した。



「……認めたくないけど、俺よりあいつのほうが若菜たちの力になれる。

あいつはその意思もあるし、それだけの力があるんだよ」




30歳になっても、ひとりなら。

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