都会の喧騒から少し離れた小さな街の、丘の上。そこには、街全体を見下ろせる、秘密の展望台がありました。
主人公のタクミは、心を閉ざしがちな青年でした。幼い頃の経験から、人を深く愛することに臆病になっていました。彼の唯一の安息の場所は、この古い展望台から見える、夜空いっぱいに広がる星々でした。
ある夏の夜、タクミはいつものように一人で星を眺めていました。すると、隣にふわりと舞い降りるように、一人の女性が現れました。彼女の名前はアカリ。まるで星の光を集めたような、きらきらとした笑顔を持つ女性でした。
アカリはタクミの隣に座り、何も言わずに一緒に星を見上げました。その静かな時間が、タクミの凍りついた心を少しずつ溶かしていきます。
「ここの星は、すごく綺麗に見えるでしょう?」と、アカリが微笑みました。
それから、ふたりは毎晩のように展望台で会うようになりました。アカリはいつも明るく、タクミのどんな話も否定せず、ただ優しく耳を傾けてくれました。彼女の存在は、タクミにとって、どん底から差し込む一筋の光のようでした。タクミは次第に、アカリに惹かれていきました。心の奥底にしまい込んでいた「誰かを愛したい」という感情が、呼び起こされたのです。
しかし、タクミにはどうしても伝えられない秘密がありました。彼は、過去のトラウマから、特定の病気を抱えており、いつまでアカリの隣にいられるか分からないという恐怖心があったのです。
ある夜、アカリはタクミの手を握り、「タクミくんの心の中には、すごく温かい場所がある。私、そこが大好き」とまっすぐに言いました。
タクミの目から、止めどなく涙が溢れました。彼は勇気を振り絞り、自分の病気のこと、人を愛するのが怖かった理由を、すべてアカリに打ち明けました。
話し終えたタクミを、アカリは優しく抱きしめました。
「怖がらなくていいよ。私はここにいる」
その言葉は、タクミにとって何よりも強い力になりました。ふたりは、残された時間を大切に、精一杯愛し合おうと決めました。毎日のささやかな幸せを、星空の下で分かみ合いました。
季節が巡り、タクミの病状は悪化していきました。彼はもう、展望台まで歩いて行くことができなくなりました。
ある雪の降る夜、タクミは病院の窓から、ぼんやりと外を眺めていました。アカリは毎日病室に来て、彼の好きな星空の話をしてくれます。
「ねえ、アカリ。もし僕がいなくなっても、君はあの展望台で星を見続けてくれる?」
アカリは泣きながら頷きました。「約束する。そして、いつかタクミくんが見せてくれた光を、私も誰かに分けてあげる」
タクミは静かに微笑み、アカリの手を握りしめました。彼の人生の最後の瞬間は、恐怖ではなく、アカリへの深い愛と、満ち足りた幸福感に包まれていました。
タクミがいなくなってからも、アカリは約束通り、毎晩展望台に立ちました。彼女が見上げる夜空には、いつも一番明るい星が瞬いています。それは、タクミが見守ってくれているサインだと、アカリは信じていました。
愛は形を変えても消えることはありません。ひとつの命は燃え尽きましたが、彼らが育んだ愛の光は、アカリの心の中で永遠に輝き続け、街の片隅を優しく照らし続けるのでした。
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