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ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。領邦軍による脅迫事件から一日が経過しました。いよいよ帝都はパーティーに備えて厳戒態勢を強化した様子。ここ貴族街にも正規軍の兵士達が完全武装で巡回を行っています。私からすれば遅すぎるように感じてしまいますが。
昨日の件についても政府や貴族達はだんまり。お姉様が正式にマンダイン公爵家へ抗議して、彼方からは手違いがあったとの詫び状がその日の内に届きました。
「舐められたものね」
詫び状に目を通したカナリアお姉様の感想はそれだけでした。私にも見せてくれましたが、中身は配下の勝手な暴走でありマンダイン公爵家は無関係であること。二度と同じような事態が起きないように注意を払うと言った感じの文章が長々と綴られていました。
……うん、何処にも謝罪の言葉がない。まるで他人事ですね。
「ある程度は予測していたけれど、舐められるのは気に入らないわね」
「お母様、もっと強く抗議しますか?」
ジョゼの言葉に、カナリアお姉様は首を横に振りました。
「中身はどうあれ、公式な詫び状を出してきたのよ。明らかな挑発や暴言が無い以上、更なる抗議は体裁が悪いわ。度量が小さいなんて言われるわね」
そう、これが貴族社会のややこしいところです。ここが本気地ならお姉様も強気に出られるでしょうが、敢えて言えばここは敵地のど真ん中。地の利は彼方にあり、戦力は比較になりません。
私が要請した暁の援軍を加えたとしても、マンダイン公爵家の領邦軍には遠く及びませんからね。公爵クラスになれば一万以上の動員力がありますから。
十倍までなら戦えますが、百倍、千倍となれば話になりませんし、彼らが旧式装備のままだと楽観するつもりもありません。古き良きロザリアを掲げる東部閥は旧態依然としていますが、幼い頃の感触からすればフェルーシア公爵令嬢は馬鹿ではない筈ですから。
「では、我慢するしかないと?」
「ここがレーテルなら私が直接怒鳴り込みに行ってるわ。つまり、そう言うことよ、ジョゼ」
「……はい」
悔しそうなジョゼを見ると心が痛みますが、お姉様の仰有るように我慢せねばなりません。少なくともレンゲン公爵家に被害がなかったのは事実ですからね。これで死傷者が出ていたら違ったでしょうが。
「さて、この件は終わりよ。シャーリィ、別の厄介な案件があるわ」
「何でしょう?」
「ジョゼ」
「はい。シャーリィ姉様、帝都入りしてから数日になりますけど、既にいくつかの市民グループが接触してきました。その、端的に言えば西部へ逃れたいから保護して欲しいと」
おやおや、そんな情報を私に教えて良いのですか?悪用されますよ?
……しませんけど。
「生活困難に陥った民が逃れるのは珍しい話ではありませんが、まさか帝都からですか」
「はい、姉様。全員帝都市民です」
「となれば、確かに厄介な事態ですね」
「そうよ。うちを頼ってくれたのは素直に嬉しいし、マンダイン公爵家の力を削ぐことが出来るのよ。普通なら大歓迎なのだけれど、ね?」
「重要なのは帝都の民ですか」
帝都に住まう民は厳密には帝室の臣民という立場です。それを受け入れると言うのは、帝室に弓を引く行為になってしまいます。他領の民を受け入れると言うのは、基本的に歓迎されませんからね。
レンゲン公爵家が民の流出を策謀していたなんて言われたら最悪です。しかし、見捨てたとなればレンゲン公爵家の名に傷が付きます。確かに厄介な案件ですね。
お姉様の事です、ただボヤいただけとは思えません。となれば、私が果たすべきは案を提示することですね。確認しないと。
「お姉様としては、民の受け入れをお認めになるのも吝かではないと?」
「そうね、領内の鉄道施設から近代化工事まで人手は幾ら居ても困らないわ。これから更に発展させていく予定だもの」
ラメルさんの調査では、レンゲン公爵家を含む西部閥は急速な近代化に伴い労働力不足が深刻化しつつあるとか。つまり受け入れる余地はあり、仕事にも困らない。ならば。
「人数は?」
「自己申告なので正確な数値は分かりませんが、全てのグループを合わせて五百人前後になります」
ジョゼが答えてくれました。良かった、千人を越えるようなら手に余りましたが五百人前後ならやり様はある。
「分かりました。ではシェルドハーフェン行きの定期便に貨車を幾つか加えて頂けませんか?」
「鉄道を使うのですね。ですが、シェルドハーフェン?レーテルでは無いのですか?」
ジョゼが首を傾げていますね。そしてお姉様は面白そうに私達を見ている。
「レーテル行きでは探られて帝都市民を西部閥が引き抜いたと教えるようなものですよ、ジョゼ」
「あっ」
思い至ったみたいですね。
「シェルドハーフェンならば、貴族らの力は及びません。それにあそこには絶えず流民が流れ着いているのです。今更五百人増えたところで誰も気付きません」
『帝国の未来』に記されていた戸籍調査。住民の数を正確に把握する政治手法は最初こそ懐疑的で面倒だとは思いましたが、いざ実施してみるとこれ以上無いほどに有益です。
民の数を正確に把握していれば、人数の振り分けや損害等も分かりやすい。
が、これを実施しているのは黄昏くらいでしょう。となれば、シェルドハーフェンに来てしまえば誰が帝都市民であるか分かるはずもない。
「シェルドハーフェン経由で送ると言うことでしょうか?」
「そうです、ジョゼ。シェルドハーフェンに着いたら、そこから港湾部へ移送して海路で送ります」
「お話は分かりましたが、用意するのは貨車ですか?客車じゃなくて?」
「客車だと大勢を運べませんから、複数の貨車に押し込んで運びます」
貨物を運ぶためのものですから、詰め込めば一両で百人前後は運べます。快適な旅とは程遠いでしょうが。
「そんなことをすれば、不満が出るのでは?」
「嫌なら帝都に残れば良いのです。その場合貧困で死ぬかもしれませんが」
来てくれ等と言った覚えはありません。逃げるならば命を賭けて貰わないと。露見すればお姉様の立場が悪くなるリスクがあるんです。そのくらいは覚悟して貰わないと。
「ですが、下手をすれば死者が……」
「多少の死者は想定済みですよ。まあ、幼子や妊婦だけは客車を用意していただければ」
後は知らない。私は運ぶだけであって、中身が無事かどうかまでは責任を負わない。
おっと、ジョゼが青ざめてる。
「それは……非道です、姉様」
「では、頼むのをやめますか?ジョゼ。私が提案できるのはこれだけです。別の手があるならどうぞそちらを選んでください」
ある筈がない。何せかなりリスクを伴う行為です。相当な信用が必要になる。
自惚れを覚悟で言わせて貰うなら、レンゲン公爵家にとって裏社会にそんな組織はうちしか無い。
私としてもお姉様達を裏切るつもりはない。
「そっ、それは……」
迷っていますね。お姉様が口を挟まないのは教育のためですか。それなら、遠慮は無用ですね。