ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。引き続きジョゼ、お姉様と三人だけの密談を行っています。いや、お姉様は楽しげに私達のやり取りを見ているので実質的に二人の話し合いですね。
「ジョゼ、難しく考えないでください。頼ったのは彼らですが、全うな手段では角が立ちます。で、非合法なやり方を選ぶ以上リスクを伴うのは当たり前の話です。私が提示したやり方ならば、送り届けられます。多少の犠牲は覚悟してほしいのですが」
彼らは帝都から逃れようとしているんです。こちらがリスクを負う以上、彼らもリスクを負うべきです。そこまで優しくないし、割に合わない。
「姉様、他に案は無いのですか?彼らは救いを求めているのです」
「無償での助けを求めるなら、教会を頼れば良いのです。マリア辺りが喜んで受け入れてくれますよ」
まあいきなり五百人も受け入れたら流石に難儀するでしょうが、不思議と悪い気はしませんね。相手がマリアだからでしょうか。
「姉様……」
むぅ、そんな目で見ないでください。心が揺らぐではありませんか。
「彼らから依頼料は取りましたか?」
「困窮を極める彼らから取れる筈がありません!」
「つまりタダ働きと?それなら尚更客車を用意する必要はありませんよ」
何せ貸し出し料金は客車の方が高いのですから。ライデン社に伝手があるにしても、鉄道関係は割り引きも限界があります。
まして見返りを用意できないような相手にそこまでする必要はない。私達は慈善団体では無いのです。
「姉様!」
「ジョゼ、問答は終わりです。これ以上は不毛ですから。それより、対価のお話をしましょうか」
「えっ?」
今「えっ?」って言いましたよ、この娘。
「えっ?ではありませんよ、ジョゼ。貴女は私にとって可愛い妹、それは十年経とうが変わりません。しかし、お互いに立場がある以上対価は必要となります。当たり前ですよね」
鉄道や船による輸送料、ついでに手間賃まで貰っても構わない筈。まあ、割安でも構いませんがジョゼの勉強のためです。ちょっと意地悪しましょうか。
チラリとお姉様を見てみれば、頷いてくれましたし。
「おっ、おいくらで?」
「そうですね、星金貨三十枚でどうですか?」
明らかに吹っ掛けています。まあ、最初に無茶な要求を出してそこから妥協点を探るのが交渉の鉄則です。
おっと、ジョゼが絶句しています。
「ほっ、星金貨三十枚!?姉様、それはあまりにも無体では!?」
「各輸送費と手間賃を合わせてみれば、そんなところですね」
海路に関してはうちの船を使いますし、『海狼の牙』からの支援もあるので金銭的な負担はそこまで大きくありません。むしろお金以外で見返りを求めたいのが本音です。
例えば交易に対する税の軽減とか。ジョゼは私の欲しいものが分かるでしょうか?
「それでも法外です!」
「あははははっ!」
いけない、つい笑ってしまった。まさか“法外”なんて言われるとは思いませんでした。
「姉様……?」
「ジョゼ、私は貴女の事を昔と変わらず可愛い妹であると認識していますし、多少のわがままは叶えてあげます。ですが、お忘れですか?十年前と違って、今の私は裏社会の人間ですよ」
「そっ、それは……」
「この手で殺めた人数は百を越えるかもしれません。そして“殺させた人数”に関しては、軽く千を越えます。法を破った回数など数えるのも億劫なほどです」
厳密には暁の存在そのものも帝国法を破っていますし、なにより貴族相手に反撃して滅亡まで追い込みました。
「そんな私に公爵家の跡取りとして依頼を出しているのです。それも、それなりに危険な仕事をね。私個人なら幾らでも叶えてあげますが、組織として動く以上リスクに見合った報酬を提示するのは当たり前です。ついでに言えば、口止め料も込みですよ」
「口止め料?」
「私が依頼を引き受けて、その内容を暴露されたら大変なことになりますよ?良いんですか?」
もちろんそんなことはしませんが、裏社会に仕事を持ち込む案件なんて違法なことです。公になっては大変です。だから口止め料を込みで割高になるんですよ。
下手にバラすより、今後も関係を維持した方が得だと思わせるためにもね。
……ジョゼは清廉潔白です。ですが、公爵家の跡取りとしては落第点です。お姉様を見てください。笑ってるじゃないですか。
「そんなっ!」
とは言え、これ以上はご勘弁願いたいですね。ジョゼに嫌われたら寝込む自信がありますよ。
内心焦りが出てきた頃、ようやくお姉様が口を開きました。
「ジョゼ、シャーリィと話してみた感想は?」
「……ちょっとだけ怖いと感じてしまいました」
むぐぅっ!
「ふふっ、そうでしょう。今回みたいな公に出来ない仕事は裏社会に頼ることがあるけれど、基本的に相手は悪党よ。こちらの弱みや足元を見てくるのは当たり前。正常な取引なんて最初から期待しちゃダメよ」
「……はい」
「今回はシャーリィが練習役を出てくれたけれど、本物の交渉ではあたふたした時点で主導権を握られるわ。そして、悪党相手に主導権を握られたら最後よ。よく覚えておきなさい」
「お母様……」
「さて、シャーリィ」
「はい……」
「なんで落ち込んでいるのよ」
ジョゼに怖いと言われたからですよ!抗議を込めてお姉様を睨むと……ちぃ!愉しげに目を細めましたよ!
「まあ良いわ。今回の件、任せたわよ。そうね、対価としては暁との取引で関税率を引き下げてあげるわ。どうかしら?」
「お母様、それだと公爵家の収入が減ってしまいますよ?暁との交易は拡大しているのですから」
「そうね、私も損をするのは好きじゃないわ。だからシャーリィ、“お願い”ね?」
これ、遠回しに交易量を増やせと言っていますね。関税を安くして税収が下がるなら、下がった分だけ交易量を増やせば良いのです。暴論ですが。
それに、“具体的な下げ幅や下げる品目を明言していない”以上、鵜呑みにしたらこちらが大損します。
……これだからお姉様は油断ならないのです。逆に信用できますが。
「詳しいお話は、うちのセレスティンとしてください」
「ダメよ、私はシャーリィとお話がしたいの」
ちぃ!逃げ道を塞がれた!?流石にお姉様相手の商談は分が悪いっ!
戦慄していると……おや?ノックだ。
「レイミです。火急の知らせがありまして、入室の許可を」
「許可するわ。お入りなさい」
「失礼します」
現れたのは最愛の妹です。助かった!
「レイミ、火急のお知らせとは?」
「はい、お姉さま。先ほど郊外に増援部隊が到着しました」
「はい?」
後にレイミはこう語る。
呆気に取られたお姉さまの表情はとても可愛らしかったと。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!