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放課後。教室では文化祭の準備が進められていた。
「サミュエルは手先が器用なんですね」
小道具係として何か箱のようなものを作っているサミュエルに、ルシンダが話しかける。
「ああ、自分でも標本を作ったりするから、ある程度は」
「なるほど! 出来上がりが楽しみです。……あれ、サイラス先生も手伝ってくれてるんですか?」
ふと辺りを見回すと、副担任のサイラスが釘打ちをしていた。大工仕事をするようなイメージはないけれど、なかなか慣れた手つきだ。
「サイラス先生、こういう作業もお上手なんですね」
「ええ、案外得意なんですよ」
金槌を片手にサイラスが穏やかに微笑む。
人は見かけによらないな、と思っていると、ミアから声がかかった。
「ルシンダ! 台本の読み合わせをするから、集まってもらえる?」
「うん、分かった! ……じゃあ、サイラス先生、サミュエル、行ってきますね」
「はい、いってらっしゃい」
「頑張れ」
二人と手を振って別れ、別の教室へと向かう。
「ルシンダ! やっと練習を始められますね」
椅子に腰掛けていたアーロンが待ちきれない様子で立ち上がる。
「あっ、お待たせしてすみません!」
「ああ、違うんです。ルシンダと練習するのが楽しみだったということです」
ルシンダの誤解を解きつつ、隣の椅子を引いて着席を促す。
「じゃあ、全員そろったことだし始めましょう」
監督のミアがパンッと手を鳴らした。
『……リリィ姫、俺には貴女を殺すなんてできない……。どうかお逃げください』
『わたしをにがしてくれるのですか?』
『はい。女王には貴女は俺の矢を受けて死に、森の獣の餌になったと報告します。女王を信じさせるため、貴女の髪を一房いただけますか?』
『はいわかりました』
狩人役のライルとのシーンの読み合わせを始めたルシンダは、台詞を読みながら冷や汗をかいていた。
(ラ、ライル、今朝台本をもらったばかりなのに上手すぎない……!?)
自分はつっかえずに読むだけで精一杯だというのに、ライルはすでにこのまま劇に出られそうなほど仕上がっている。
「ライル様、とってもお上手です! 演技のご経験でもあるんですか?」
シーンの区切りがついたところで、ミアが拍手しながら尋ねる。
「いや、特に演技したことはないが、よく両親に観劇に連れていかれたから、そのおかげかもしれない」
「なるほど! 観劇で演技力が身につくなんてさすがライル様ですわ。何の心配もなくお任せできますね。……では、次のシーンにいってみましょうか」
ミアがエルフとのシーンの読み合わせを始めるよう促す。
『このおうち、かってにはいってしまったけれど、だいじょうぶかしら?』
『……お前は誰だ。僕の家で何をしている』
『あ、ごめんなさい。わたしは、もりでまよってしまって……』
『迷い人か。見たところ、村の娘ではなさそうだな。まあいい、ちょうど退屈していたところだ。何か話でもしてみろ』
『は、はい……』
今度はエルフ役のエリアスとの会話だが、ルシンダはまたもや衝撃を受けていた。
(エリアス殿下まで、どうしてこんなに上手なの……!?)
ライルだけでなく、エリアスも俳優かと思ってしまうくらいに自然な台詞回しだ。
自分だけ子供のお遊戯会レベルなのが恥ずかしいやら申し訳ないやらで居た堪れない。ダラダラと冷や汗を流しながらシーンを終えると、ミアがまた拍手しながら絶賛を始めた。
「エリアス殿下も素晴らしい演技力ですね!」
「別に、これくらい普通だと思うけど」
(エリアス殿下の演技が普通だったら、私は一体……)
無言のまま落ち込んでいるうちに、今度は隣国の王子とのシーンをやることになった。
『リリィ姫、やっと見つけました……! ああ、やはり生きていらっしゃった!』
『あなたは、トナリーノおうこくの、おうじでんか?』
『はい、そうです。貴女が亡くなったと聞いても信じられず、こうして探し回っていたのです。見つかって本当によかった。ですが、どうしてこんな森の中に?』
『それは……』
ルシンダはヒロイン役を引き受けたことを心から後悔していた。
(そうだろうと思ったけど、アーロン殿下も上手すぎるよ……!)
アーロンもすこぶる自然な演技で、まさに役が生きているようだ。
(私、どうしてヒロイン役なんて引き受けちゃったんだろう……。一人だけ下手すぎて、みんなの足を引っ張っちゃう……)
内心で頭を抱えていると、ミアが立ち上がって拍手を送った。
「アーロン殿下もさすがです! 王子にしか見えません!」
「まあ、実際に王子ですから」
微妙な会話を挟みつつも、にこやかにアーロンたち三人の絶賛を続けるミア。ルシンダはとうとう耐えきれずにおずおずと口を開いた。
「あの……私だけ下手すぎてごめんなさい……」
しょんぼりとうつむくルシンダをアーロンたちがすかさず慰める。
「ルシンダ、今日はまだ最初の練習ですから」
「そうだよ、まだ初めての読み合わせなんだから落ち込む必要なんてない」
「でも、皆さんは初めてなのに本当に上手で……。それなのに私は一人だけ棒読みで……」
自分の下手さ加減を突きつけられて、ルシンダはすっかり落ち込んでしまった。ついつい弱気な言葉しか出てこず、さらに気が滅入りそうになっていると、ライルがルシンダの肩にポンと手を置いた。
「俺たちが自然に演技できているとしたら、それは相手役がルシンダだからだ。お前が相手だから、言葉に気持ちを乗せられるんだ。棒読みになるのは、もっと練習すればいい。いくらでも付き合ってやるから」
「……!」
ライルの温かな言葉に、ルシンダはどんよりと沈んでいた心が軽くなるのを感じた。
「ライル、それに殿下たちもありがとうございます。まだ始まったばかりなのに愚痴を言ってしまってごめんなさい。私、本番までにもっと上達できるように、練習頑張りますね!」
「ああ、一緒に頑張ろう」
ルシンダとライルが笑顔で見つめ合う。
「……ライルはいつもいいところばかり持っていきますね……」
「アイツ、なんなの? 天然なの?」
和やかな二人を横目で見やりながら、アーロンとエリアスは溜め息まじりにボヤくのだった。