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学園祭まであと一ヶ月。学園全体が祭りの熱気で包まれる中、私たち1年B組も例外ではなかった。
今年の出し物は、星をテーマにした『星見カフェ』だ。
「よぉぉし!みんな聞いて!内装は、とにかくプラネタリウムみたいにキラキラにするよ!照明は全部暗くして、壁には私が描いた宇宙の絵をドーンって貼っちゃう!テーマは、『超新星爆発から生まれる銀河』だよ!」
私は、クラスの中心で身振り手振りを交えながら、巨大な模造紙に描いたイメージ図を見せた。
私の提案はいつだって衝動的で大雑把、そして絵の具で手がベタベタだけど、なぜかクラスのみんなはいつも乗ってくれる。
「おおー!かちゅの勢いはすごいな!その超新星爆発、絶対一番目立つぞ!」と、陽太が大きな声で盛り上げてくれる。
「私は、かちゅの絵の周りを飾る、流星群の飾り付け担当!」 「俺、ウェイター役やるぜ!かちゅのテンションについていけるのは俺くらいだ!」
私の周りには笑い声が飛び交い、熱気が満ちている。私はこの雰囲気が大好きだ。
みんなが私の明るさに引っ張られて、一つになるのが嬉しかった。私は、このクラスの「太陽」になれている、と感じていた。
しかし、その太陽の光が届かない場所があった。
教室の隅、誰も座らない自習机の上。かぐやは一人、ノートパソコンと分厚いファイルに向かっていた。彼女の仕事は、企画書の作成、予算管理、備品の発注リスト、そしてシフト管理という、全てにおいて完璧な精度が求められる裏方作業だ。
「天野さん、シフト表確認していい?」 「ええ、いいよ、佐藤さん。その時間だと調理担当が手薄になるから、C班の山下くんに相談して調整した。このファイルに最新版があるから見て」
かぐやは常に冷静で、感情を交えずに的確な指示を出す。クラスの皆はかぐやの能力を信頼しきっていて、何か問題が起きるたびに彼女に助けを求めた。かぐやの周りだけが、騒がしい準備期間にもかかわらず、まるで静かな図書室のように整然としていた。
私は、自分の賑やかさに酔いしれながらも、ふと、かぐやの姿を見てしまう。
(私と、かぐや。)
私はクラスを盛り上げ、みんなを笑わせる。それは楽しい。でも、それは一時の熱狂でしかない。
かぐやは違う。彼女の作業は、このカフェが崩壊しないための強固な骨組みだ。もし彼女がいなかったら、この計画は一週間で予算オーバーし、シフトはグチャグチャになっていただろう。彼女は、影の立役者だった。
ある日の夕方。私は残業して、壁に貼るための「超新星爆発の絵」を巨大な紙に描いていた。絵の具が服についても気にしない、全力投球の作業だ。
「かちゅ~、相変わらず派手な絵だな。絵の具、顔にもついてるぞ」 陽太がミネラルウォーターを持ってきてくれた。
「えへへ、ありがと。私に地味なのは無理だからね。でもさ、陽太。やっぱりかぐやはすごいよ」
私は、静かにパソコンに向かうかぐやに目を向けた。
「ああ、そりゃあすごいよ。輝夜乃がいなかったら、このカフェは成立しない。彼女は、影の支柱だ」
陽太は感心したように言った。
「影の支柱……。私とは真逆だね」
「逆でいいだろ。お前は太陽なんだから。太陽が裏方に回ったら、みんな困るぞ。お前が熱を出さないと、誰も動かない」
陽太は私の肩を叩いてくれたが、私の心は晴れなかった。
(太陽……。でも、太陽って、ただ熱を発しているだけで、制御ができない。熱すぎて、ときに誰かを焦がしちゃうかもしれない。でも、かぐやの光は違う。月の光みたいに、静かで、冷たくて、すべてを計算し尽くしている。)
泉が、私たちの会話を聞いていた。泉はいつも冷静な声で、核心を突いてくる。
「花千夢。貴女は自分の持つ『勢い』や『熱』が、輝夜乃の持つ『知性』や『優雅さ』に比べて、ひどく安っぽく感じているのね」
「……そうだよ。私の人気は、私のドジや騒々しさから生まれる一時的な『笑い』にすぎない気がするんだ」
泉は静かに言った。「笑いも、立派な才能よ。でも、貴女の言う通り、貴女の光は『熱』だから、持続させるには常にエネルギーがいる。一方、輝夜乃の光は『座標』だから、そこにいるだけでいい。貴女たちは、全く違う種類の光なのよ」
その日の夜、私は自分の部屋で、かぐやの優雅さを真似て、難しそうな経済学の本を開いてみた。案の定、五分で眠気が襲う。
その時、妹の部屋から微かに音が聞こえた。
かぐやは、パソコンに向かい、企画書を最終チェックしているのだろう。彼女はいつも夜遅くまで作業している。
私は、妹の部屋のドアの前まで行き、そっと耳を当てた。聞こえてくるのは、キーボードを叩く規則的な音だけ。
(疲れてないのかな。完璧な人は、疲れたり、寂しくなったりしないのかな。)
私は、かぐやの完璧さに憧れるあまり、彼女を感情を持たない「お姫様」という箱の中に閉じ込めてしまっていた。その箱の中で、彼女がどれほどの重圧に耐えているのか、私には知る由もなかった。