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森勢の両親から一刻も早く和久井家へ謝罪に行きたいと連絡が入ったのは、藤嗣寺を訪れた次の日だった。
和久井の父は、鷹也が本当に両親を家に連れてくるとは思ってもいなかったようで、かなりの驚きようだった。
お義父さんはひなに山ほどのおもちゃを買って和久井家にやってきた。
そして和久井の父の前で、なんと土下座をしたのだ。
「うちの愚息が、申し訳ありませんてしたっ!」
これにはそこにいた全員がびっくりして、父が大慌てで頭を上げるように言った。
森勢商事の社長で、しかもかなりの強面の義父がまさかの土下座!
その甲斐あってなのか、父の懸念していた森勢家の結婚への反対は杞憂だったということがわかり、父も知美さんも安心したようだった。
鷹也は義父を『暑苦しい』と言うけれど、私は感情表現が豊かなこの義父を大好きになっている。
会って早々私を抱きしめてくれた義母ももちろん大好きだ。
こんな森勢の家の一員になれるなんて幸せなことだと思う。
それから話は結婚式のことに。
森勢の両親は結婚式を挙げたがったが、和久井家は現在喪中。
さすがにそこを押し切ることはできないので、四十九日が過ぎてから吉日を選び、入籍だけすることになった。
住居は、ひなにとっての一番を考え、今のマンションにそのまま住ませてもらうことに。
ひなが小学校へあがるタイミングで引っ越すのがベストだろうということになった。
そして、その新居について鷹也から爆弾発言が。
「家を建てたいと思っています。杏子の設計で、和久井工務店にお願いします」
これには驚いた。
建築を学んだものなら誰もが憧れる、自分で設計するマイホーム。
私が新居を設計する⁉ それを和久井工務店で⁉
「私が? ……いいの?」
「俺の夢だったから。杏子が大学で2級建築士の勉強をしていたときから思っていたんだ。いつか俺たちの住む家を杏子に設計してもらおうって」
「鷹也……」
「あら、素敵ねぇ」
「ええ、素敵です! 杏子ちゃんが建てる家、見てみたいわ」
「杏子が今の会社で仕事をしながら設計をするなら時間もかかるだろう。でもひなが小学校に入るまでまだ3年ある。今から土地を探して、俺たちが住みたい家を二人で考えよう」
設計……。私が一番やりたかったことだ。
鷹也を見ると、ちょっと得意げな顔をしていた。
どうだ? 俺は知っていたんだぞ。杏子が本当にやりたかったことを……って顔をしている。
「もう……サプライズ過ぎるよ」
「いいだろう?」
「うん……ありがとう。私頑張る!」
私はこんなに想ってくれている人をどうして誤解していたんだろう。
私も鷹也を幸せにしたい。
そんな想いが膨らんだ。
◇ ◇ ◇
「結婚式なんだけどさ……」
「うん?」
「いや、喪が明けたらハワイでするのはどうだろう」
「ハワイ!?」
「ああ。杏子、千鶴たちの海外旅行、いいなーって言ってただろう?」
「そ、そりゃ羨ましいわよ。でも結婚式を海外って……」
私は未だかつて日本を出たことがない。
だからハワイに憧れはあるけど想像がつかない。
しかも子連れなのよ? それに……。
「森勢家ならちゃんとしたお式とか披露宴とか挙げなくていいの?」
「そんなの今更だろう? それこそもうひながいるんだし。うちの両親だって俺たちが海外で挙げたいって言えば反対なんてしないだろう。むしろ自分たちも一緒にハワイへ行けるわけだから、大喜びだと思うぞ」
「たしかに……」
「ひなのことも、多分両家の親で取り合いだろう。俺たちはありがたく預かってもらって新婚旅行を満喫する。いいアイデアじゃないか?」
うんうん、と言って頷く鷹也。
私にも両家の親がひなを取り合っている様子が目に浮かぶ。
「うん。行ってみたいな、鷹也と……」
二人で旅行なんてしたことなかったから。
それが新婚旅行なんて嬉しい……。
「杏子……」
「鷹……んッ」
鷹也が誘うように口付ける。
和室にはひと組の布団が敷かれている。
祖母の和ダンスがある6畳の和室には布団が1枚しか敷くことができないからだ。
「杏子が欲しい」
「……私も。鷹也が欲しい」
離れていた時間を取り戻すかのように私たちはカラダを重ねる。
ずっと愛していたのだとちゃんと伝えたい。
「鷹也……好き。愛してる……」
「俺も……もう離さない」
◇ ◇ ◇
「……もう行くの?」
「だって……またひながこっちに来たら大変だもん」
「離したくないんだけどなー」
「パパ、我慢よ」
「う……」
私はナイトウェアを羽織、狭い布団を抜け出した。
この和室をリフォームして私たちの寝室にするまでは、ひなとシングルベッドで寝ると決めている。
急激な変化はよくないと思うから。
リフォームして、ダブルベッドを入れるのを機に、ひなには独り立ちしてもらうつもりだ。
「おやすみなさい。鷹也もちゃんとパジャマ着てから寝てね」
「わかったよ……」
名残惜しそうにしている鷹也を残し、私はひなの待つ私の部屋へ入っていく。
シングルベッドの壁側には規則正しい寝息をたてる可愛い娘の姿が。
私はそっと隣に滑り込む。
鷹也の腕の中を抜け出すのは辛かったけれど、やっぱり娘の温もりにも幸せを感じる。
部屋がもう少し広かったら、三人で川の字になって寝てみたいな……と考えていたらいつの間にか眠りについていた。
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