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『杏子』
『杏子』
んー?
誰かが私を呼んでいる。
『杏子! 起きなさい!』
『え、ええ? おばあちゃん⁉』
『そうだよ。もうすぐ上に召されるんだ。その前に杏子と話したくてね』
これは夢? 私さっき寝たのよね?
『そうさ。これは杏子の夢の中だよ』
夢……の中に会いに来てくれたの?
ハッ!
『おばあちゃん! 会いたかった!』
『ハハハ……ばあちゃんも会いたかったよ』
『おばあちゃん、突然逝っちゃうんだもん。私、いっぱい泣いたのよ? あの時もっとおばあちゃんとお話したら良かったって――』
『突然で悪かったね。でもばあちゃんもさすがに知らなかったんだよ。自分が亡くなる日までは』
『そうなの? じゃあ仕方ないのか……』
『そうさ。人はいつか死ぬ。ばあちゃんの順番がやっと来ただけのことだよ』
おばあちゃん……。
『おじいちゃんには会えた?』
『まだだよ。もうすぐ会えるさ。ばあちゃんはまだ杏子のことが心配だったからね』
『……心配かけてごめん』
『ああ……もう大丈夫かい』
『うん! 私、鷹也と結婚することになったの。……って、もう知ってるよね? おばあちゃんが仕組んだんだよね?』
『仕組んだってなんだい、人聞きの悪い。ばあちゃんはお願いしただけさ』
『ねぇ、一体何をしたの? おばあちゃんが融通さんにお願いしてどんぐり飴に何かしたの!? だから私たち入れ替わったの!?』
『これ、落ち着きなさい』
『だって、おばあちゃんと話ができるなんて思ってなかったから。もし会えるなら聞きたいことがいっぱいあったのよ? あの花まつりの日何があったのか。どうして入れ替わったのか』
『じゃあちょっと杏子とお茶でもしようかね』
祖母がそう言うと、突然景色が変わり、私たちは素敵なテラスでお茶をしていた。
テーブルにはアフタヌーンティーで使われるスリーティアスタンドが現れた。
だがよく見ると上段は全て祖母のお気に入りだった和菓子ばかりだ。
中段にはひなの好きなプリン。下段はどんぐり飴で埋め尽くされていた。
『おばあちゃん……なんなの、これ?』
『最後のお茶なんだよ。好きなものを食べたいじゃないか』
そう言ってきれいなウインクをする。
……夢の中って自由なのね。
でもこんな時間に食べたら太りそう……。
『夢の中なんだ、太らないからいっぱい食べなさい』
そう? そうよね?
『いただきまーす! んんーっ! このおはぎ最高!』
『おはぎはやっぱり玉家だねぇ。一枝ちゃんに持って行ってあげたいよ』
一枝ちゃん?
『あ、鷹也のおばあちゃんのこと?』
『そうさ。あの日は一枝ちゃんの夢を見たから藤嗣寺へ行ってみたんだ』
それから祖母はお茶をしながら、あの花まつりであったことを話してくれた。
それはちょっぴり切ない、祖母の初恋のお話でもあった。
鷹也のお祖母さんである長岡一枝さんが祖母の夢の中に出てきたのは、花祭りの前日だった。
何かを必死で言っているのに、その言葉が聞こえない。
朝起きて気になったので、とりあえず藤嗣寺まで行ってみようかと出向いたら、たまたま花まつりをやっていたらしい。
『境内で一枝ちゃんのひ孫が遊んでいた。せっかく会えたんだからどんぐり飴でも買ってやろうと思ったんだ』
『え? あれは光陽くんのために買ったものだったの?』
『もちろんうちの孫の分も買ったよ。杏子が好きだったからね。食器棚にあっただろう?』
『あったよ。食べて、それで大変なことになったんだけど?』
『ハハハそうみたいだねぇ。光蔵さんのイタズラには困ったもんだよ』
光蔵さんって鷹也のお祖父さま? ……のイタズラ!?
『墓に行ったら光蔵さんがいたんだよ。驚いたなんてもんじゃない。最後に光蔵さんに会ったのは杏子がまだ幼稚園の時だったからね。何十年振りって話だ』
『え? そんなに会ってなかったの?』
『会ってないよ。当たり前だ。光蔵さんが結婚したときに、もう一生会わないと誓ったんだから』
一生会わない……? じゃあ二人って……。
『光蔵さんは幼馴染で初恋の人だった。でもあちらには許嫁がいて、最初から一緒になれないことはわかっていたんだよ』
『お互い好きだったの……?』
『……そんなときもあったね』
祖母はちょっと懐かしいような、困っているような微笑みを浮かべた。
叔母が言っていた話は本当だったんだ。
『今とは違って、生まれたときから許嫁がいたり、見合いで結婚するのが当たり前の時代だったんだ。誰もが家長の決めたことに逆らわず、当たり前のように受け入れていたんだよ』
『……』
おばあちゃんの青春時代。
好きな人を諦めて……か。今の私にはその気持ちがリアルにわかるだけに、昔の人は強かったんだなぁと思う。
『でも幸いなことに、一枝ちゃんはいい人だった。それに、じいさんもね』
『おじいちゃんとはお見合いだったのよね?』
『ああ。じいさんとは十歳離れていて、見合いの席に現れたとき、大人の男の人だなぁと思ったね。そりゃあ格好良くてね』
『ええ?』
『すでに和久井の棟梁を継いでいて、ちょっと無口だが流し目が色っぽいいけめんだったんだ』
『プッ……イケメンね』
『じいさんに似たのが大輝だ』
『ああ、たしかに』
大輝は従姉の私でもたまにドキッとするくらい、目つきが色っぽい。
『格好良かったのさ。ばあちゃんは一目惚れしたんだよ』
そうだったんだ!
初恋は鷹也のお祖父さんだったけど、うちのおじいちゃんのこともちゃんと好きになって結婚したのね。
『光蔵さんと会うのはじいさんを裏切ることだと思って、一生会わないつもりでいた。実際、何十年も会わなかったんだよ』
え? でも、うんと小さいときに何度かあった覚えが……。
『何十年ぶりかに光蔵さんと会ったのは、杏子のお母さんが亡くなった後だった』
お母さんが亡くなった後……?
『杏子はまだ三つだったか。今のひなと同じくらいだった。泣き止まなくてね』
『え?』
『そりゃ、大好きなお母さんが死んじまったんだ。泣いて当然だが、さすがに周りが辛くてね……』
『……』
『あの頃はまだじいさんが生きていて、じいさんに言われたんだ。藤嗣寺に御加護をもらいに行ってこいと』
『ええ⁉』
私のために藤嗣寺を訪れたの?
祖母の話では、泣き止まない私を祖父が大層心配したらしい。
藤嗣寺の住職が祖母の初恋の人だと言うことも、特殊な力があると言うことも、祖母から聞いて知っていた祖父が、私を藤嗣寺へ連れて行けと言ったそうだ。藁にもすがる思いだったのだろう。
『久しぶりに会った光蔵さんは、同じように孫もいるいいじいさんになっていたよ。相変わらずすらっと背が高くてね。杏子を一目見て、慌てて駆けつけてくれた。頭を撫でて、魔法の飴だよってどんぐり飴をもらっていたね』
『それ……覚えてる……』
今でも浮かぶ鷹也のお祖父さまの記憶と、祖母が言ったとおりの情景がピッタリ重なる。
『何度か寺にお邪魔して、やっと杏子が平安を取り戻したんだ。じいさんとホッとしたもんだ』
『……!』
『だから杏子はどんぐり飴が好きなんだろうね』
そう言って祖母はスリーティアスタンドの下段を見ながら懐かしそうに微笑む。
その後祖父が亡くなってからは、やはり遠慮があったのか、藤嗣寺へお参りすることは控えたそうだ。
孫のことは緊急事態。でも一生会わないと決めたのだから、そこはけじめをつけるつもりでいたと。