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ギターを弾くとき、いつもは指先だけを意識している。
でも、この日は違った。
視界の端に映る金髪が、どうにも気になって仕方なかった。
藤澤さんは、部室の隅の椅子に腰掛けて、穏やかな表情で俺の演奏を聴いていた。
膝の上には小さなノートが置かれていて、何かを書き留めている。
俺はAメロに入ったあたりで、弦を押さえる力が少し強くなってしまった。
「うん……きれいな音だね。やっぱり、ギターは直接響く感じがいいなぁ」
藤澤さんの声は、褒めるというより、ただ感想を呟いたようだった。
だけどその言葉が、胸の奥でじんわりと広がった。
横で若井がにやにやしている。
「な? 俺が言った通りだろ。元貴、こいつ耳がいいんだよ。
アンサンブル合わせたら絶対ハマるって」
「……急にそんな話されても」
「そう? でも、もしよかったら今度、一緒に合わせてみない?
僕、フルートだから、ギターと音の相性は悪くないと思うよ」
藤澤さんは、自然にそう言った。押し付けがましくも、遠慮がちでもない。
ただ、風が窓から入ってくるみたいに、さらっと提案してくる。
「……考えときます」
俺がそう返すと、
藤澤さんはふっと微笑んで「じゃあ楽しみにしてる」と言った。
その笑みは、なんだかやけに眩しかった。
帰り道、若井がやたら機嫌よく歩いていた。
「お前さ、ああいう優しい人に弱いだろ」
「弱いって何だよ」
「だって、お前あんなに真面目に弾くの珍しいし。
普段、俺相手だと途中で適当にアドリブ入れるくせに」
「……別に」
否定しようとしたけど、言葉が薄っぺらくなるのがわかっていた。
春の夕暮れ、空が淡いオレンジ色に染まっていく。
金色の髪と同じ色だ、と思ってしまった自分に、ちょっとだけ腹が立った。