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「私自身、犯罪者ゲルトルーテと直接話をする機会がありませんでしたので、想像でしかありませんが。彼女は恐らく、この世界に生きていないのだと思います」
「と、おっしゃいますと?」
「ん? もしかして、彼女も転生もしくは転移者ってことなのかしら?」
「アリッサ様のおっしゃるとおりでございますね。転生者であり、この世界を乙女ゲームの舞台と勘違いしているのではないか、と推測しております」
転生者?
乙女ゲームの舞台?
一体どういう意味なのだろう?
転生者は記憶の片隅にあった。
以前読んだ書物の中にそういった表現を見かけた。
異なる世界で生きた記憶を保持したまま、こちらの世界に生まれし者。
書物にはそんな感じに記されていた。
しかし乙女ゲームの舞台とは初めて聞く。
書物でも見ない。
ならば恐らく異世界の言葉なのだ。
舞台というからには、ゲルトルーテは何らかの役を演じているのだろうか。
例えば、傾国の寵姫。
その真実は、現実と虚構をはき違えた狂人?
「こちらへ召喚されたときに思ったわ。ありがちな乙女ゲームの設定だものね」
アリッサがさもありなんと頷く。
ありがちな設定と静かに呟かれて愕然とする。
異世界ではありがちな舞台の脚本を、狂人が演じた結果。
ここまで国が壊されかけたというのなら。
その怒りを、どこへぶつければいいのだろう。
「攻略対象者が何人いたかはわからないけど……王様を狙ったハッピーエンドを求めるなら、最低限の努力は必要だったんでしょうね。逆ハールートじゃないだけ、まだましと言うべきなのかしら?」
「逆ハールート?」
「逆ハーレムルート。王様以外にも優秀な側近や騎士などを侍らせる、非現実的な選択肢ですね。ゲーム……物語の中でしか許されない状況でしょう?」
「……いいえ、アリッサ様。ゲルトルーテ嬢はどうやらその、逆ハールートを選択されたようですわ」
「そうだったの?」
「宰相の嫡男、騎士団長の嫡男、宮廷魔導師長の嫡男、侍従長の嫡男が廃嫡になりました。全員ゲルトルーテ嬢に傅いておりましたのよ」
「侍従長は新しいわ!」
何が新しいのだろう。
思わず首を傾げてしまう。
「ああ、ごめんなさい。侍従長だけ向こうの物語では見かけなかった……ん? 執事長はあったかな。あるいは暗部を兼ねているのなら、むしろ多いのかな……」
アリッサは独り言を呟きながら考え込んでいる。
そんな様子をナルディエーロは優しく見守っていた。
「しかし嫡男が揃って廃嫡ですか。立会人が呼ばれたとは聞いていませんが……」
「呼ぶ必要もないほど、彼らの状態が酷かったのですよ」
宰相の息子は、次期宰相の名にふさわしく冷静沈着にして公明正大。
少々神経質な面も、細やかな所にまで目が届く人だと褒められていた。
騎士団長の息子は、努力家の秀才。
優秀だった異母兄の前でも萎縮することなく、常に闊達自在に生きていた。
宮廷魔導師の息子は、絶大な魔力を見事に制御し、使いこなせる天才。
天才を鼻にかける様子など一切見せず、弱者にこそ優しかった。
侍従長の息子は、篤厚にして忠実。
その能力は抜きん出ることはないものの、何事においてもそつなくこなすので総じて高く評価されていた。
それがどうだ?
ゲルトルーテのために、宰相息子は国庫にまで介入し、騎士団長息子は軍を動かした。
宮廷魔導師長息子は宮廷魔導師独自の決まり事を悉く破り、侍従長息子は邪魔なモノを排除して回った。
結果、ハーゲンの手によって断罪されたのだ。
側近として、身の回りを世話するものとして、長くともにあったにもかかわらず、躊躇のない断罪だった。
殺されたのではない、断種はされたがそれぞれ生かされている。
情ではない。
生かして、自分とゲルトルーテの仲睦まじい様子を見せつけたかったのだ。
嫉妬が絡んだ傲慢な手配。
それでも命があるのならば、まだ救われるのかもしれない。
アリッサのおかげでハーゲンは己を取り戻した。
魅了から解放されたハーゲンは、ゲルトルーテを愛さずにローザリンデの復帰を望んでいる。
ならば断罪された者も本来の姿を取り戻してしかるべきなのではなかろうか。
「今、彼らはどうしてるの? 少しは反省した感じなのかな? もしそうなら復帰もありだよねぇ。私が会った王族騎士団長、宮廷魔導師長? はかなり駄目な人物だった記憶があるから元に戻すのもありかしらと思うんだけど……」
ローザリンデの耳にも多少は聞こえてきた。
ゲルトルーテから無理矢理引き離された彼らのうち、宰相息子と騎士団長息子は持ち前の性質からか、ほとんど元通りになっているようだが、宮廷魔導師息子と侍従長息子は未だにゲルトルーテへの接触を試みているという。
「僭越ながら申し上げます。全員能力を高める努力は忘れていないようでございます。ただ宮廷魔導師長の御子息と侍従長の子息には、魅了の効果が残っているようでございまして……」
「え! 逆に宰相と騎士団長の息子さんは自力で魅了から抜けたんだ。凄いね!」
「……アリッサ様は、それほどに深く囚われていたと思われますか?」
「うん。逆ハーレムルートが確定していたとしたら、宮廷魔導師長と侍従長息子の状態が普通なんだと思います。あーでもそれは公式で逆ハールートがあった場合か。強制力がゲーム終了後も続くとは思えないし。かといってもいろいろなパターンがあるからなぁ……」
自分の持っている異世界知識の摺り合わせが難しいようだ。
アリッサは額に皺を寄せている。
「王に献上いただいた、その、魅了解呪の魔法具を彼らに与えるわけにはまいりませんでしょうか?」
バローの意見は意外ではなかった。
彼女はハーゲンの近くにある彼らを可愛がっていたし、彼らもバローの意見には従順だったように思う。
王の乳母という特殊な立ち位置だが、バローはその地位を笠に着ない実力者だったからだろう。
バローが可愛がっていた彼らは、魅了されるまでは優秀で健全な存在だったのだから。
「できるよー。お茶会が終わったら作成しておくね。ローザリンデが王城へ入る前にリゼットさんが持って行くといいよ」
「本当でございますか!」
「うん。魅了が完全に解除された状態でも盲目的だったら、再雇用は不可で。そうでないなら検討してほしいなぁ。あ! あとできれば彼らに会う機会がもらえると嬉しい」
「そのときは私も立ち会いますわ!」
思わず声を上げてしまった。
魅了から解放された無防備な状態で、アリッサに対峙するのは厳しいだろう。
新たに魅了されてしまう可能性だってある。
アリッサはそれだけ魅力的な存在だ。
女神と崇めるならばいい。
女神を我が伴侶に! などと考えなければ、御方様もお許しくださるはずだ。
「ローザリンデは、彼らを助けたい?」
「彼らが変わってしまった期間にされた対応に思う所はございますが……それでも、王を支えようと誓い合い、共に切磋琢磨してきた時間を捨て去るには、惜しい。否、悔しいのですわ」
「ふふふ。ローザリンデらしい。たぶん四人とも。魅了から解放されてしまえば、ローザリンデを憂いさせはしないと思うわ」
慈母の微笑を浮かべたアリッサを、彼らよりも先にローザリンデが崇拝してしまいそうだ。
「お言葉が嬉しゅうございます。魅了からの完全解放が叶いました日には、彼らに文句を言いたいと思いますの。そのときも、できれば一緒にいていただけたらと思うのですが……お許しいただけましょうか?」
「ええ、勿論。黙って見守っていてあげる。存分に文句を言うといいです。彼らはきっと貴女の言葉を真摯に受け止めますから」
穏やかな声音でローザリンデの望みが叶うと謳われる。
ローザリンデは目の端から伝った雫を、取り出したハンカチでそっと押さえた。
涙を軽く拭えば、再び場が緩やかな雰囲気に包まれる。
ローザリンデは周囲をそれとなく見回しつつ、三の重に手をつけた。
まずは和のデザートとして有名なわらび餅を小皿に取る。
スライムのような見た目。
ふるりと揺れる様子も似ていた。
どこかの教育が足りぬ貴族子息が誤ってスライムを食べようとしたのは、このわらび餅が原因とされているが、わらび餅がこの世から消える悲劇は起きない。
わらび餅の発案者もまた、御方様とされているからだ。
透明なわらび餅にキコナとブラックトローリがかかっている物と、抹茶のわらび餅に抹茶トローリがかかっている物の二種類。
透明なわらび餅の食感はふるんふるん。
抹茶わらび餅の食感はもちもちねっちり。
擬音で表現するのは、淑女らしくないのだが、他に表現が見当たらないので致し方ないだろう。
基本的に食感を楽しむデザートだと思うが、味についてもきちんと差別化がなされている。
どちらの味も捨てがたい。
何より嬉しいのはこのデザート。
ダイエットに向いているという点だ。
だからこそ、貴族社会でも広く知られている。
最近では、フルーツを使ったわらび餅なども作られていると聞き及んでいた。
味が良いだけでなく見た目も美しく仕上がるのだろうそれらも、機会があれば食べてみたい。
続いて取り分けたのは、桜の塩漬けが入っている、桃色の可愛らしいケーキ。
中は濃さの違うサクラ色のクリームと餡が入っているようだ。
桜の花びらを模した形の、更に中央に桜の塩漬けが載せられている。
「ん!」
口にした瞬間スポンジのふわふわした食感に加えて、仄かに残る桜とミルクの香りに驚いて、声を上げてしまった。
また、中のクリームと餡も秀逸だったのだ。
一口で何種類の食感と味を楽しめるのだろう。
作り手の技量とセンスの良さが窺えるケーキだ。
このケーキならば、特に女性が気に入るに違いない。
衝撃的なことに、このケーキもダイエットに向く食材を厳選して使用しているというのだ。
和食がダイエットに向くのは知っていたが、デザートもそこまで向いているとは思っていなかった。
しかも美味しいのだから、最高だろう。
うんうんと頷いているのは、ローザリンデだけではない。
テーブルを囲む全員が似たような笑顔を浮かべている。
いつの間にか注がれていた、抹茶のまろやかな苦みで、口の中の甘味を払拭して、次なるデザートに挑む。
錦玉羹《きんぎょくかん》、と呼ばれる和のデザートだろう、可愛らしいゼリーはリス族のメイドが近寄ってきて、全身を使って丁寧に載せてくれた。
指の腹でつい頭を撫でれば、きょとんとしたあとで、嬉しそうに笑顔を向けてくれる。
これはもう、リス族のメイドもしくは癒やし係を手配するしかない。
全てのリス族が彼女たちのように、忠実で可愛らしいわけではないので、慎重に選ばないといけない、と頭では理解しても難しそうだ。
錦玉羹は半円球の透明なゼリーの中に、二匹の金魚が仲睦まじく泳いでいる見た目をしていた。
暑い時期に好まれるデザートなので、金魚が泳いでいる物が多いと聞く。
紅葉や桜が収まっている物も見たので、あくまでもそういった傾向にあるデザート、という位置づけなのだろう。
食感はゼリーよりしっかりしている。
使われている素材が違うらしい。
ゼリーも美味だが、錦玉羹もまた美味だ。
金魚は赤と黒だったのだが、どちらも味が違う。
複雑な味で、食材が特定できなかった。
ローザリンデの知らない和の食材が使用されているのだろう。
可愛らしい金魚を一口でいただく罪悪感には目を瞑っておいた。
「こちらは変わりぜんざいでございます。アプルンとユーズをビーハニーで煮詰め、とろみをつけ、焼いたモッチーも絡めたものとなっております」
「まぁ! ぜんざいでしたの?」
「はい。冬の残り物をアレンジした料理と説明がございました」
「素敵ね。悪くなる前に食べきる心構えは、是非に、貴族にこそ持っていただきたいものですわ」
真っ当な貴族こそ、損失を考える。
体裁は過剰に整えるが、日常では常に節制を心がけていた。
少なくとも、フラウエンロープ家はそうだ。
料理人たちは、如何に素材を使い切るか、無駄を出さないか、日々研鑽を重ねている。
降嫁してきた王女様などは、最初こそ難色を示した方もいらしたようだが、程なくフラウエンロープの食卓に馴染んでいった。
毒味の心配がないので、熱い物を熱く、冷たい物を冷たく食べられる上に、見た目も味も研究し尽くされた物が食卓に上がるのだ。
むしろ喜ばしいと思ったらしい。
幾つかの日記が残されている。
馴染めない方々は、早死になさった。
贅沢しかできず、家訓に馴染めない者はフラウエンロープ家には不必要なのだから。
初めて口にする変わりぜんざいは、何故か懐かしい味がした。
風邪を引いたとき、喉を痛めているときにも好ましいデザートのようだ。
ユーズの香りもそこまで強くない。
アプルンは完全に煮崩れており、飲めてしまえるのが恐ろしい。
焦げ目がつく程度に焼かれたモッチーに、アプルンとユーズをよくよく絡めて食べるとやわらかくなって食べやすかった。
アプルン、ユーズ、モッチーのどれかが使い切れなかったときには、試してほしいレシピだ。