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次に手を伸ばしたのは箱の中に入りきれなかった一品。
アイスクリームやシャーベットが載せられる、特徴的な器の中に入っているが、そのどちらでもない。
色からしてプリンで間違いないが、一般的なプリンではないだろう。
和のプリンといえば恐らく……と想像しながらスプーンで一口掬い取る。
他のデザートと違い、しっかりと一人前あったのが嬉しくなる味だった。
和三盆を使ったプリン。
自分が想像していた通りの素材が使われており、自然と笑みが浮かぶ。
何処までも上品な味は和三盆にしか出せない。
これもまた、不思議と郷愁を感じさせた。
コッコーのエグックとミルク。
そして和三盆しか使っていない。
それなのにここまでの深みが出るのだから堪らなかった。
気がつけば器が空になっている。
器の底に残ったカラメルソースを食べ尽くせないのが悔しい。
「ローザリンデ様。よろしかったらこちらをお使いくださいませ」
リス族のメイドが三人揃って、一生懸命に運んでくれた器の中身には一口サイズのスポンジが入っている。
「まぁ、ありがとう。心配りがとても嬉しいわ……はしたなくてごめんあそばせ?」
首を傾げれば、三人が高速で首を振る。
何とも愛らしい。
「皆様、そのように召し上がっていらっしゃいますので、どうぞお気になさいませんよう……」
伸ばした手で大きな半円を描く所作。
どうぞ、御覧あそばせ! の意味合いを持った動きに目線を流せば、皆嬉しそうにカラメルをスポンジで掬い取っていた。
アリッサなどはそこに生クリームまでも追加している。
微笑ましさを覚えつつ、有り難く丁寧にカラメルソースを掬い取った。
カラメルソースが染み込んだスポンジもまた、美味しい。
「……一つ貴女方にお願いがあるのですけれど、聞き届けていただけるかしら?」
「不肖手前どもでできますことであれば、何なりとも」
ここまで揃ったお辞儀は、滅多に見られない。
どれほどの訓練をしたのだろうか。
三姉妹ならではの通じる何かがあるのかもしれないが、それにしてもすばらしい。
ローザリンデは穏やかに微笑むと三姉妹の名前を尋ねた。
質問した瞬間の笑顔は、それぞれが違うものだったけれど、どれもが光栄だと、嬉しいと、心から喜んでいるものに違いなかった。
「こちらはホワイトチョーコレトとホワイトアンコの生チョーコレトとなっております。こちらの世界では初めてのレシピとのことでございます」
「光栄ですわ」
リズ族の長女ネルの説明に笑顔で大きく頷く。
初めてのレシピは本来なかなか遭遇できないもの。
しかしこのお茶会ではほとんどのレシピが新作だった。
アリッサの心遣いが嬉しい。
彼女は私が復帰後初めて開くティーパーティにも使えるようにと、出してくれたのだろう。
この茶会はあくまでも内輪の茶会。
王宮での大規模なティーパーティで初めてと披露しても問題はないのだ。
「生チョーコレトはレシピが充実しているという認識でしたけれど、まだまだ可能性があるデザートなのですね」
「はい。特に和の調和とお酒を使用した物に可能性があるようでございます」
「お酒……ふふふ。お酒好きの女性が喜びそうね」
「男性にもきっと喜ばれます。甘味好きな男性は隠れていらっしゃいますが、相当の数がいると御主人様がおっしゃっておられました」
なるほど。
デザートで男性の心を鷲掴みするとは、さすがの一言に尽きる。
許されるならばアリッサとともに酒を使ったデザートのレシピを充実させたい。
そういえば、宰相息子の彼は、甘い物が大好きだった。
生チョーコレトにはお酒も入っていた。
入っていたから、説明を追加してくれたのだ。
海の男の酒と認識が高いラム酒が、デザートに使われると一気に品が良くなって驚かされる。
更に生チョーコレトは薔薇の花の形をしていた。
食べるのが惜しくなるほどに、美しい白薔薇だった。
締めに出されたのはウーメのシャーベット。
ウーメといえば酸味が酷く強い印象しかなかったのだが、シャーベットに使われていたウーメは甘かった。
完熟したウーメに何やら下ごしらえをすると甘くなるらしい。
ウーメのさっぱり感が損なわれぬままで、口に残らないすっきりとした甘さは不思議と後を引く。
もう一山ぐらい食べたいわ……と思ったのは私だけではなかったようだ。
皆が揃って寂しそうな目で空の器を見つめている。
代わりにとばかりに出されたのが、サクラの塩漬けが入っている緑茶。
花びらがゆっくりと開ききったところで飲むのが作法らしい。
シャーベットで口の中が冷えていたので、温かさが染み入るようだった。
「あら、ローザリンデ。二人が戻ったみたいよ」
「! も、もしかして守護獣と一緒にでございましょうか?」
「ええ」
アリッサの声にはしたなくも腰を上げてしまう。
椅子が無作法にもがたっと大きな音を立てる。
ローザリンデの興奮を咎める者は誰一人としていなかった。
扉の向こうから守護獣とは思えない美しい二人が入ってくる。
彩絲の肩には避役が乗っており、雪華の足元には黒豹が侍っていた。
避役はよく知る大きさだったが、黒豹は幼子らしく初めて見る小ささで、何とも愛らしい。
ローザリンデの姿を捉えた二体が足元にやってくる。
黒豹の背中に避役が飛び乗ったのに驚いた。
気高き黒豹が背中に乗せるのは、主人だけと聞いたが何事にも例外はあるらしい。
ローザリンデは二体の目線に合わせて腰を落とした。
「初めまして。ローザリンデ・フラウエンロープと申しますわ。貴方たちが私の守護獣になっていただける方々で、よろしゅうございましょうか?」
『はい、ローザリンデ嬢。我らが貴女様を主として希望しております』
『希望シテ、オリマス』
避役の流暢な言葉使いに対して、黒豹のそれは幼い。
見た目通りの幼体なのだろう。
『我が名はアルコンスィエル。豹避役《パンサーカメレオン》にございます。歴代の主には、アル、コンスィー、エルなどと呼ばれておりました。ローザリンデ嬢にはどうぞお好きなようにお呼びくださいませ』
『僕ハ、黒豹。名前ハマダナイノデ、ローザリンデ様ガツケテクダサイ。アト、主ヲイタダクノハ、初メテデス』
「ではアルコンスィエルはスィエル。黒豹ちゃんは……えーと? 雄かしら、それとも雌かしら」
『我らは二体とも雌でございます。高貴な女性に仕える守護獣は、雌に限ると言われておりますが故に』
「それではノーチェでよろしいかしら? 古語で黒を意味する言葉ですのよ」
『ノーチェ! 可愛イ! アリガトウ、御主人様!』
ノーチェが喜びのあまり、ぽんと高く飛び上がる。
予想していなかったのだろう、一緒に高く飛んでしまったアルコンスィエルがノーチェの背中からアリッサの掌へと着地した。
アルコンスィエルの大きな目がぐるぐると回る。
アリッサは微笑ましいものを見る表情のまま、指の腹でアルコンスィエルの喉を擽った。
うっとりと目を伏せてしまったアルコンスィエルが、慌てて目を見開く一連の流れが、心を和ませる。
「貴女たちは人化できるのかしら?」
『はい! 時空制御師最愛の御方様。我はできます! ですが、ノーチェはまだ幼体のため、できません』
「成体になれば自然と人化できる感じなの?」
『ええ、そうなります。全ての豹族が人化できるわけではありませんが、このノーチェは将来有望なので、成体になれば間違いなく人化できるでしょう。ただ……』
「ただ……何か問題があるのね」
『優秀な特殊個体のせいかもしれませんが、他の豹族より心身の成長がかなり遅くなっております。それと同時に寿命も長くなると予測もされております』
より長く一緒にいられるのなら素敵だ。
育てる楽しみもある。
豹族も避役族もローザリンデの知識が正しければ、人より長くは生きられなかったはず。
せっかく縁あって守護獣になってくれたのだから、できるだけ長く一緒にいたいと思う。
「アルコンスィエルも特殊個体なので長生きですよ。ではローザリンデ様。こちらをお読みくださいませ」
透理が薄い本を手渡してくる。
本のタイトルは『初めて守護獣を求められるお客様へ』となっていた。
王妃教育の一つに速読があったので、手早く読み進められて一安心だ。
ローザリンデは全てに納得して大きく息を吸い込む。
「私、ローザリンデ・フラウエンロープは、アルコンスィエル及びノーチェとの契約締結を望む」
『我、アルコンスィエルはローザリンデ・フラウエンロープ嬢との契約締結を望む』
『僕、ノーチェハローザリンデ・フラウエンロープ様トノ契約締結ヲ望ム』
視界が真っ白に染まり、初めて嗅ぐ花の香りに包まれる。
何とも香しい。
「……契約締結は無事に完了しました。二体とも優秀なので必要かどうか迷うところなのですが、念の為に守護獣別の説明冊子をお渡ししておきますね。こちらの冊子はあくまでこういった傾向にある……という説明になりますので、本人たちの意見を優先していただけると有り難いです」
どちらの冊子もそれなりの厚みがあった。
時間があるときに手早く読もうと思う。
ここで長時間読み耽ってしまっては、他の方々に失礼だ。
「契約締結おめでとう! ローザリンデ。私、アルコンスィエルの人化した姿を見たいのだけれど……駄目かしら?」
アリッサが目を輝かせて問うてくる。
ローザリンデも考えていた内容だったので、大きく頷いた。
「駄目なはずがありませんわ。私も見たいと思っておりましたもの。スィエル。人化をお願いできるかしら?」
『お望みのままに、時空制御師最愛の御方様、ローザリンデ嬢』
ぺこりと頭を下げたアルコンスィエルの姿が、ゆらりと歪む。
次の瞬間には中性的な美貌を持つ女性が立っていた。
男装させたらさぞかし似合うだろう。
緑色の短髪に緑色の瞳。
長身でバランスの良い肢体。
胸は仄かな膨らみがある程度。
ふくよかな緑の香りが漂ってくるような佇まいだった。
「あら、素敵」
「男装をさせてみたいと、思われましたか?」
アリッサに尋ねれば、ふふふと可愛らしく笑われる。
『よく望まれる件でございますよ。お二方の御希望がありましたら、何なりと申しつけくださいませ』
頻繁に望まれるらしい。
今の服装は、メイド服に近しい長袖ロング丈のワンピース。
こちらも緑色でよく似合っているが、男装も捨てがたいのだ。
『僕モ、早ク服ガ着テミタイナ!』
「どんな人になるのかしら、今後楽しみで仕方ないわね、ローザリンデ?」
「ええ。本当に楽しみですわ! そして頼りがいがありますもの。あとでゆっくりと、どんなことができるか教えてくださいませ」
仰せのままに、と二体が頭を下げる。
「おや、アリッサ。お客様が来たようじゃ」
「おぉ、招かれざる客ですよ!」
「この屋敷を襲撃とか、馬鹿よね。基本戦力過多なのに。このお茶会に来られた方々どなたか一人だけでも、対応できる気がするわ」
アリッサの言葉に首を傾げたのは透理だけだ。
バローは冒険者としても知れているし、バザルケットも数多の逸話を持っている。
キャンベルもギルドマスターとして、先陣を切った経験など数え切れぬほどあるし、ナルディエーロに至っては伝説級の力の持ち主だ。
立会人として知れる彼女だが、昼の肉弾戦でも負け知らずの吸血姫としても有名だった。
「まぁ、大切なお客様の手を煩わせるまでもないけれど……あら、珍しい。貴女たちも出るの?」
「はい。御主人様。私のような者が出れば、襲撃者は私どもの実力を見誤りましょう? フェリシアは有名ですもの」
「私も久しぶりに鞭を揮わせていただきます。どうやら全員男性の襲撃者であるようですし……」
出迎え時にいた奴隷のうち、二人が現れた。
一人は見目麗しい人魚族、ローレル。
一人は愛くるしい兎人、セシリア。
とてもではないが戦闘には向かない艶姿。
誰もが愛玩用と判断するだろう。
ローレルが上級魔法を使う者しか扱えなさそうな杖を持っていても。
セシリアが腰に使い慣れたような鞭を装備していても。
「では、私どもは高みの見物といたしましょうか?」
うぉんと不思議な音がして、目の前に大きな鏡が現れる。
ただの鏡ではない。
吸血姫の中でも実力者しか使えない、血の鏡《ブラッディーミラー》だ。
本人がいない場所で何が起こっているのかを、その場にいるかのように見られる特殊スキル。
吸血鬼や姫たちが主人公の物語の中でよく出てくるスキルだが、ローザリンデも実際見るのは初めてだった。
ごくりと喉が鳴る。
縁取りが真紅の巨大な鏡の中で、フェリシアが襲撃者と対峙していた。
人数こそ多いが、随分と愚かな襲撃者らしい。
フェリシアの勇壮を知らないのだろうか。
美しい彼女を舐めるように見ながら、下卑た発言を繰り返している。
更にローレルとセシリアが参戦すれば、男たちはみっともないほどに興奮した。
見たくもなかったが、股間を膨らませている者すらいるのだ。
「随分と脳天気な襲撃者ねぇ……」
アリッサも呆れているようだ。
「既に勝負は決まったようなものじゃな」
彩絲は抹茶を口にしていた。
「全員捕縛できそうね。私も彩絲も助っ人は大量派遣しているから、戦線離脱した奴らから、さくさく捕縛しないと!」
雪華の言葉から察するに、彼女たちは眷属を配置しているようだ。
蜘蛛に蛇。
男性でも苦手な者は多い。
それらに捕縛される恐怖とは如何なものだろう。
ローザリンデは愚かすぎる襲撃者たちに、ほんの僅かだが憐憫の情を抱いた。