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「それじゃあ、早速リナリアの話を聞かせて貰おう。こういう場合、双方の言い分を聞かなければフェアではないからね」
明らかに不機嫌そうなレシュー伯爵に対して、お父様はとても余裕そうだ。なんなら笑顔まで浮かべている。今までお父様が伯爵に対してこんなにも強気な態度を取っているのを見たことがない。非常に頼もしい限りではあるが……これから私がする発言のせいで、これまで築いてきた両家の仲が決定的に拗れてしまうかもしれないのだ。頭の中ではどれだけ威勢のいい台詞を言えても、いざ伯爵を前にすると萎縮してしまう。バージル様にも思い切りやれと後押しされてはいるものの……なかなかその一歩が踏み出せなかった。
「リナリア。今まで君が思ったこと、感じたことを正直に言ってごらん」
大きくて暖かい……
膝の上で小刻みに震えていた私の手を、お父様の手が優しく包み込む。緊張で強張っていた体が徐々に弛緩していく。
『私がついているから大丈夫』と、お父様が小さく囁いた。いつもは穏やかで親しみを与えてくれる深緑の瞳からは力強さを感じた。私は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。もう手は震えていない。
「それではまず、今朝の騒動について……私から説明をさせて頂きます」
感情的にならないよう注意しながら、淡々と事実のみを伝える。上手く話せていたかは分からないけれど、私がこれまで胸の中に閉まっていた不満や憤りも全て白日の下に晒した。特に私が怒りを爆発させるきっかけになった、アニータ嬢の嘘についてはしっかりと説明させてもらった。
お父様はこの前執事からある程度報告を受けていたはずなので今更そこまでの驚きはないと思っていたけど、バージル様の件は聞かされていなかったらしい。それは伯爵も同じだったようで表情がみるみると青ざめていった。
「マルク様はアニータ嬢の言葉を確認もせず鵜呑みにし、ジョゼット小公爵を侮辱しました。そこから更に被害妄想を膨らませ、私に対してありもしない言いがかりを付ける始末。これで怒らないという方が無理ではないでしょうか?」
「それはお前がっ……!!」
「私が? 私がなんですか? 約束を当日に反故にされても、学園でデタラメな噂を流されて陰口を言われても……私は黙って耐えてきました。これまで一度でも私があなた方を責めたことがありますか」
マルクは悔しそうに言葉を飲み込んだ。伯爵ですらマルクの態度に問題があったことを認めているのに、私に責任転嫁をするのは無理だ。諦めろ、バカ。
「ジョゼット小公爵の話は今初めて聞いたな。マルクよ……リナリアがアニータとお前の仲に嫉妬して言い争いになっただけではなかったのか?」
「それは、その……」
マルクの奴……バージル様のことは伯爵に隠してたのか。しかも私が嫉妬したせいで揉めたなんていう捏造までして……本当に予想を裏切らないクソ野郎ぶりだ。あまりの酷さにまたステラの口調が移ってしまうじゃないか。
「私の言う事が信じられないのでしたら、小公爵に証言して貰いましょうか? 目撃者も大勢おりましたし、アニータ嬢が嘘をついているのは直ぐに分かることですよ」
「で、でも実際にアニータは体調を崩して……」
「ですから、その体調不良の原因に小公爵は関係ないという話をしているんです。怒鳴られたなんて事実はないのですから。マルク様……いい加減にして下さい」
どうにかしてアニータを庇いたいのか、マルクはしつこく食い下がってくる。バージル様の名前が出た途端、あからさまに伯爵が動揺している。内々で処理しようと思っていた問題にジョゼット公爵家が絡んできたのはさぞ都合が悪いだろう。バージル様を巻き込んでしまったのは本当に申し訳ないと思うが、今はそれを存分に利用させて貰おう。
「レシュー伯爵は私がマルク様とアニータ嬢の関係を誤解していると仰いましたが、今の話を聞いた後でも本当にそう思われますか? 申し訳ありませんが、私にはマルク様が反省しているようにも見えませんが……」
私の問いに伯爵は何も言い返せなかった。思っていた以上に息子がバカで呆れてるのかもしれない。
「……伯爵。そちらのご子息と娘の婚約ですが、一度白紙に戻した方が良いのではないですか」
「はっ? アルメーズ子爵今更何を……たかがこれしきの他愛もないケンカごときで……」
「他愛もない……ですか。伯爵はそのようにお考えなのですね。今回の騒動が単純なすれ違いや勘違いで起こったものでないのは明白ではないですか。挙げ句の果てにジョゼット家まで巻き込んで……他愛もないだなんてよく言えますね」
お父様が怒っている。私のために……
目頭が熱い。鼻の奥をツンとしたものが駆け上がっていくのを感じた。
「すまなかったね、リナリア。私はこの婚約が……マルク殿とは上手くやっているとずっと思い込んでいたんだ」
「私がそのように見せかけていたのですから仕方ありません。家の者にも口止めをしていましたし……」
もう我慢しなくていいと、お父様は微笑んだ。今の今まで耐えてきたけど無理だった。視界がどんどん歪んでいく……そして、一筋の雫が私の頬を伝って溢れ落ちた。
「私はアルメーズ家の当主である前にひとりの父親です。娘が幸せになれないであろう婚姻を認めるわけにはいきません」
「……子爵。一時の感情に流されてこれまで培ってきたものを台無しになさるおつもりですか。アルメーズ家にとってうちの家はその程度であると? ……後悔することになりますよ」
「家同士の繋がりを強めるためというのなら、なにも結婚だけに拘る必要はないでしょう。それに、マルク殿には娘よりも懇意にしている女性がいるようだ。伯爵もご子息の気持ちを尊重してあげてはどうですかな?」
お父様は伯爵の脅しにも全く動じることはなく、いっそマルクとアニータを結ばせてはどうだと煽り返した。そうして、伯爵とマルクの前ではっきりと宣言したのだ。
「本日を持って、リナリアとマルク殿の婚約を解消させて頂きます」
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