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いったん出かけた祖母が「すっかり忘れてたよ」と言いながら、すぐ店に引き返してきた。
「注文していた本が届いたって、|玲伊《れい》ちゃんに連絡しておいたから。来たら渡しておくれ。その分厚い本だから」
わたしは振り返って、レジ台の後ろの棚に置かれている本に目をとめた。
美容関係の専門書らしい。
「じゃ行ってくる」
「うん」
わ、玲伊さんが来るかもしれないんだ……
祖母に生返事を返しながら、頭は玲伊さんのことでたちまちいっぱいになった。
そわそわして、気持ちが落ち着かなくなったわたしは、お客さんもいなかったので、気になっていた棚の整理を始めた。
イレギュラーな版形のレシピ本が関係のない本の間にあるのが、前からどうも気になっていた。
ここに隙間を作れば、入るかな。
背伸びをして、さらに手を伸ばし、その本を取り出そうと試みる。
ギリギリ届くのだけれど、ぎっしり詰まっていてなかなか出てこない。
あと少しで取り出せそうなんだけど……
裏手から脚立を持ってくるのがおっくうで、思いっきり背伸びをして奮闘していると「それを取りたいの?」と後ろから声をかけられた。
振り向くまでもない、玲伊さんの声だ。
「わっ!」
「おっと。危ない」
後ろに倒れそうになったところを、玲伊さんが、がしっと抱き留めてくれた。
「れ、玲伊さん」
「大丈夫? 優ちゃん」
声が耳のすぐ横から聞こえてくる。
い、今、わたし。玲伊さんの腕の中にいるんだ……
うわー!
早く離れなければ、と思いつつ、体が固まって動けない。
「優ちゃん、本当に大丈夫?」
そのときだった。
店の戸が開き「おい」と野太くて大きな声が響いた。
そっちに目を向けると、声の主は兄の浩太郎だった。
兄は幼いころから柔道をしており、オリンピックの強化候補選手に選ばれたこともある。
その経歴を生かして、今は機動隊で、主に柔道指導の仕事をしている。
経歴のとおり、マッチョな見た目だ。
ちなみに、兄と玲伊さんは小学生のとき同じクラスで、そのころからの親友である。
すらっとした体型の美形の玲伊さんと並んでいると、うちの兄は貴公子に仕える力自慢の従者のように見える
「おう、浩太郎。久しぶり。今日は非番なのか」
玲伊さんはわたしを抱えたままの姿勢で悠長に挨拶した。
兄は、つかつかとそばまで来て、わたしの腕をぐいっと引っ張った。
「まったく昼日中から、公衆の面前で何、いちゃついているんだ」
わたしは顔を真っ赤にして兄に抗議の声を上げた。
「そんなことしてないよ! わたしが倒れそうになったのを玲伊さんが支えてくれただけ」
「そうか。だが、気をつけろよ。とんでもない女たらしだからな、こいつは。玲伊の手にかかったら、優紀なんてころっと騙されるに決まってるんだから」