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「ドレスと和装、どっちが似合うと思いますか?」
彼に意見を聞いてみると、尊さんは少し考えたあとに答えた。
「……両方見たいかな。予算はあってないようなもんだし、一生に一回しかないものだから、悔いがないようにしようぜ」
「ゴージャスな答えですね……」
その時、彼は思いついたように言う。
「着物の場合、良い物は母親や祖母から受け継ぐって文化もある。怜香は論外として、速水家のほうから『私のを、いや、私のを』って名乗りを上げそうな気がするな……。あの人たち、着物やらドレスやら沢山持ってるし、精通してるから」
「ありがたい事です。特にドレスはコンサートで着慣れているでしょうからね。どんな形が似合うとか、助言をいただけそうです」
「……朱里は今まで面識のなかった彼女達から、白無垢とかを継いでくれって言われたら、嫌じゃないか? 古着的な感覚で……」
「いいえ。そりゃあ、つい最近知り合ったばかりですけど、とっても素敵な方々ですもの。それにすでに結婚した身としては白無垢の行き先に困っているかもしれないでしょう? でも小牧さんや弥生さんもいますし、受け取り手は決まっているように思えますけどね」
彼女たちがそう言ってくれる気持ちはありがたいけれど、やっぱりそういうものは直系の子や孫を優先するものだ。
うちの母はレンタルのドレスを着て、手元には残っていないから、そういう物はない。
「……っていうか……、お母さん、二回目の結婚式って挙げてないんですよね」
私は母と今の父を思いだして言う。
「再婚したての頃は、私がまだ不安定だったのもあるし、お互い新しい家族に慣れるので精一杯だったっていうのもあるから、食事会をしたあとすぐ一緒に暮らし始めてそのままな気がします」
「若菜さんにも式を挙げてほしい?」
尊さんは私の髪をサラリと撫で、笑みを含んだ表情で尋ねてくる。
「ですね。本当に今さら……、自分の気持ちや環境が落ち着いた今になってで申し訳ないんですが、母にも幸せになってほしいです。……父に相談してみて、もしいい返事をもらえたら、こぢんまりとしたチャペルとかガーデンパーティーで結婚式を挙げて、内輪での食事会とかできたらいいな。……今なら美奈歩も亮平も心から祝福してくれると思うから」
「いいんじゃないか? その時は俺も協力する」
「ふふ、ありがとうございます。……母はドレスは恥ずかしがりそうだから、白いワンピースにヴェールをつける感
じかな。……うん、良さそう」
私はそう決めてしまうと、家族のグループチャットにメッセージを入れた。
【提案なのですが、お父さんとお母さんの結婚式を挙げてみてはどうですか? バタバタしていて、そういうのをじっくりしていなかったと思うし、再婚してすぐの頃は私たちも新しい家族に慣れていなかった。……だから今、結婚式を挙げる事に意味があるような気がするんです。ちっちゃい身内だけの式でいいので、終わったら食事会とかして、そういうのやってみませんか?】
テン、とメッセージを送ったあと、私は「送っちゃった」とクスクス笑う。
「俺、朱里のそういう所好きだよ」
「ん?」
私は尊さんの服を軽く掴み、微笑んで彼を見る。
「誰しも自分の事で精一杯になりがちなのに、朱里は他人の幸せを願う強さがある」
「……ううん。〝そう〟じゃなかったのは尊さんも知ってるじゃないですか。強くなったと感じるなら、全部尊さんと出会えたからですよ。……あなただって、地獄のような苦しみの中、負けずに歯を食いしばって生きて、幸せを掴もうと前進し続けた人なんですから」
そう言うと、彼は照れくさそうに笑う。
「……きっと私たち、あの橋で出会った晩からお互い少しずつ変わっていけたんです。そのうち、あの橋にお礼参りに行かないとならないのかな。パワースポット。……なんちゃって」
「確かに出会いの地ではあるけど、俺はゾッとしちまうな」
尊さんはクスクス笑い、「……でも」と付け加える。
「二人であの辺の温泉に行くのはアリかもな。当時はお互い、つらい思いを抱えて訪れていたけど、幸せになった今、上書きする事で乗り越えられるものがあるかもしれない」
「ですね」
私はムクリと起き上がると、尊さんの膝の上に横座りになり、彼に抱きつく。
「……大好きですよ。しゅきしゅき」
「こうやって甘えられると、ツンツンしてた猫を完全に手なずけた達成感があるな。〝部長〟へのあの塩対応加減ときたら……」
「ウアアア……! 過去の話は水洗トイレに流してくださいよ。私だって『悪い事したな~』って思ってたんですし」
「酔っぱらって堕ちてたのを介抱してもらったのは、恩に着てるとも」
「新聞の見出しになりますね。『篠宮ホールディングス部長、六本木で泥酔!? 若い女性社員をお持ち帰り』」
「やめてくれ……。シャレになんねぇ……」
うめくように言った尊さんを見て、私はケタケタ笑う。
そのあと、私たちは時間までたわいのない話をして過ごした。