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「なんで、俺とお前は噂にならないんだろうな?

こんなに一緒にいるのに」


そのあと、廊下で出会った和香にいきなりそう訊いてみる。


和香は少し困った顔をしたあとで、

「釣り合ってないからじゃないですか?」

と言った。


俺がお前と釣り合ってないということか、と耀は悩む。



課長が不思議なことを言いはじめた、と思いながら、和香は聞いていた。


「なんで、俺とお前は噂にならないんだろうな?

こんなに一緒にいるのに」

と真剣な顔で耀は言う。


いやいや、それは私と課長が釣り合ってないからですよ、と和香は思い、そう言った。


耀が去ったあとも、立ち止まり考え込んでいると、美那が通りかかった。


「お疲れ。

どうしたの?


神森課長もあんたも元気ないけど」

と振り返りながら言う。


「いえ、それが……」

と和香は今の話を美那にした。


「あら、噂になってないことはないわよ。

みんな、大っぴらに言うのを遠慮してるだけよ。


神森課長って、そんな話題ではやし立てたら大人気なく怒りそうだし」


……まあ、確かに。


「騒いでおいて、和香が捨てられたら可哀想だしね」


会社に居づらいでしょ?

と親切っぽく……


いや、ほんとうに親切なのだろうが、美那は言う。


何故、私、すぐに捨てられる設定なんですか……と思いながら、和香は、ははは……と力なく笑って聞いていた。



その日、和香は耀に、話がある、と言われて耀の家へと向かっていた。


耀の方が仕事が終わるのが遅いので、図書館に行ったあと、近くのカフェにでもいると言ったら、


「いや、うちで本読んで待ってたらどうだ?

お前、うちの鍵持ってるんだし」

と指紋認証されてる手をつかまれ、言われる。


私の手があなたの家の鍵というのも不思議ですね、と思いながら、


「あ、そ、そうですね」

と赤くなると、耀も赤くなり、手を離した。



先に家に行って待ってるとか、彼女のようではないですか、と思いながら、てけてけ歩いて図書館に行き、本を借りて、耀の家に行く。


しかし、憧れの図書館前の白いおうちのドアをひとりで開けて入るとか不思議だな。

まるで自分の家みたいだ。


和香は玄関に向かって歩きながら、庭のオリーブの木を見上げる。

この実がなったら、なにが起こるんだったっけ?


そんなことを考えながら、図書館に行く前に買っておいたケーキの箱を本袋を持っている手に持ち替え、鍵を開けようとした。


だが、開かない。


もう一度、指紋認証をやってみる。


やっぱり、開かない。


おかしいな。

課長に呼ばれてきたはずなのに。


何故、開かない。


私の指紋が抹消されてるとか!?

裏切られたのだろうかっ。


二人でやった、あの神聖な指紋登録の儀式はなんだったのかっ。


裏切られたのだろうかっ。


二度繰り返して思いながら、立ち尽くしていると、耀が車で帰ってきた。


「なにやってるんだ、入れと言ったろう」

と駐車場の砂利を踏みながらやってくる。


「いやそれが、課長に裏切られて入れなくて」

「何処の課長に……?」


和香はまっすぐ耀を見る。


「……阿呆か。

また手が乾燥してるんだろう」


耀が自分の手をとろうと、手を差し出してきたので、和香は後退する。


また、はあーって手に息を吹きかけられてしまうっ。


もっと恋に落ちるからやめてくださいっ。


「……なに逃げてんだ」


「大丈夫ですっ。

課長が帰ってらしたんですから、課長が開けてくださいっ。


大丈夫ですっ」

となにが大丈夫なのかわからないが、そう繰り返す。


「そうか?」

と開けかけた耀だったが、ふと気づいたように和香の手をつかむと、もう一度指紋認証させようとする。


「待て。

ほんとうに登録が消えているかもしれんっ。


お前を登録させておきたくない羽積が勝手に消したかもしれないじゃないかっ」


「いやいや、なんで羽積さんがそんなことするんですかっ」

「あいつ、お前を追ってる怪しい組織の人間なんだろう?」


「あの人、公務員ですよっ」

「公務員?」


「公安ですっ」

「……じゃあ、公安に追われてるお前の方が怪しいじゃないかっ」


耀に手首を握られたまま、そう言いませんでしたっけね、と和香は思う。



「実は私も過去、公務員だったのです」


鍵を開けてもらい、中に入った和香はそんな打ち明け話をはじめた。


「これ、聞いちゃったら引き返せませんよ」

と忠告しながら。


「大丈夫だ。

お前のなにもかもを受け止める覚悟はできている」


そう言い、耀は深く頷いた。


なんて頼もしいっ!

課長っ、と胸に飛び込みたい気持ちになったが。


まあ、迷惑かな、と思ってやめておいた。


「元公務員って、FBIの話か」


「いえ、FBIは研修で行ってただけです。

日本にも極秘で国が作っているちょっとした機関があったんですよ。


一家離散したあと、私も姉もそこに属してたんですけど。


でも、資金繰りとか上手くいかなくて、お役所仕事なんで、あっさりなくなっちゃいました」


ある程度、予想はしていたが、いざお前の口からそんなこと言われると、受け止め切れないっ、

と耀の顔に書いてあるような気がした。


「まあそれで、我々は職を失い、普通に就職活動をして、今、ここにいるわけなんですけど。

そこで得た知識を悪用したりしないか、公安にしばらく見張られてたみたいなんです。


姉はその間もおとなしく過ごし、もう普通の人間になろうとしていました。

私は最初から、そこで得た力を使い、専務たちを失脚させるつもりだったんですけどね」


「そこで得た力ってなんだ?」


それは……と和香が言いよどむと、

「なんだ?

聞いたら、祟られるとか?」

と言い出す。


「いや、祟られるとかじゃないですよ……」


なにに祟られる予定なんですか。

国家ですか、警察ですか、公安ですか、と和香は思う。


「いやまあ、言っても大丈夫なんですけど。

私がその爆弾を使ったとき、課長はなにも知らなかったってことにした方がいいだろうなと思って」


「爆弾?」


「物の例えですよ。

私の専門、そういうのじゃないんで。


私の専門は経理です」


電卓の達人なんです、と和香は言った。


「会社や専務たちの後ろ暗いところをつつけます。

すでに爆弾も抱えています」


脱税爆弾です、と和香は言う。


「どんな企業もギリギリまで節税してますからね。

あと、金持ちの個人も」


「やめろ。

うちの会社が吹き飛んだら、ローンがっ」


……いや、と耀は和香を見つめて言う。


「和香。

この家がなくなっても、俺についてきてくれるか?」


「いや、私、別に家目当てで、課長と一緒にいるわけじゃありませんからね」

と言ったあとで、和香は気づく。


おや?

これは好きだと認めてしまったも同然なのでは、と。


その間、耀の頭の中は暴走していた。


「無職になったら、山で暮らすか。

うち所有の無人島で暮らすか。


そうだ。

実家の屋敷の隅にある離れでひっそり暮らすのもいいな。


実家に頼るつもりはなかったが、いずれ自分が継ぐものではあるし。


おかしなプライドは捨てよう。

お前のためだ。


あそこなら、人工の川も滝も、粉をひける水車もある。

木を他に移植し、銅像を退けて、庭園を崩したら、畑も作れる。


貧しいなりに、自給自足の生活をしよう」


「……あの、そのなんか凄そうな庭の木とか銅像とかを売り払ったら、そこそこ悠々自適に暮らせるのでは」


お金持ちの発想、ワカラナイ、と手を握られながら、和香は思っていた。




今、すごく熱烈にプロポーズしてしまった気がする、と耀は思っていた。


和香の手を握りしめていることに気づき、離そうかと思ったが。


いや、そういうところがよくないんだと思い、更に強く握りしめる。


和香が赤くなって俯いた。


恋なんて縁がないと思っていた自分が、こんなに誰かを好きになれる日が来るなんて思ってもみなかった。


静かに暮らしていくために建てた家。

だが、今はこの家を眺めていると、ある未来しか見えてこない。


常になにかやらかしてそうな和香と、和香にそっくりな、


そんなこと現実にあるのかっ?

と叫び出しそうな事件を持ち込んできそうな子どもたちが駆け回っている未来しか!


和香は視線をそらして言う。


「私、たまに思うんです。

私が復讐とか考えてない、普通のOLだったら。


素直に課長を好きになって。


素直に好きだって言えてたかなって。


――こんな私では、課長に告白なんてできませんしね」


……いや、それは、今、告白しているのと同じではっ!?

と思う耀の鼓動が速くなる。


だが、和香は自分がなにを言ったのか、わかってはいないようだった。


こちらを見ないまま、なにか考え込んでいるように黙っている。


「あの日……」

と耀が口を開くと、和香は、こちらを見た。


「俺は目覚めて、自分がお前と間違いを犯したと思った。


『石崎和香か。

可愛いが、なんか得体の知れないやつだ。

困ったな。


だが、俺は適当に女と一夜を過ごしたりはしない。


お前なんぞの何処がよかったのかわからないが、こうなった以上、責任はとらねばな』

そう思った。


それから、俺は、しばらくお前と過ごし、お前といるときの自分を観察してみた。


そして、一ヶ月ちょっと経ち。

確信したんだ。


俺は生まれて初めて、恋をしたんだと。


お前に――


石崎和香という人間に恋をしたんだと」


改めて、そう断言すると、和香が涙ぐむ。




不埒な上司と一夜で恋は生まれません

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