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陽翔が教壇に立つ教室の空気は、薄い氷膜のようだった。
悠翔の姿を見つけた陽翔は、口元だけで笑った。
まるで、最初からそこに“そうあるべきもの”が収まったように、自然に。
「さて……君たちの中には、もう動画を観た人もいるかもしれないね」
講義の冒頭で、唐突にそう言った。
学生たちは笑った。わずかに。
だが、それは曖昧な笑みではなかった。共犯の笑みだった。
悠翔は反射的に視線を逸らす。だが、それさえ遅い。
彼の机の隣に座っていた男子学生が、スマホをちらつかせるように机に置いた。
それは、見慣れた構図の動画——自宅で撮られた、最初の“晒し”の映像。
「これって、ほんとに“あいつ”だよな?」
囁き声が、すぐそばで落ちた。
「ねえ、あの顔……完全にイっちゃってたよね。ゾクッときたわ」
「こういうの、合法なんだっけ?いや、まあ、自分からされてるならいいのか」
陽翔はそれを見て、講義資料をゆっくりと裏返した。
「支配されることに快感を覚える人間の、構造的な特徴」というタイトルが、スライドに投影された。
悠翔は手元のノートを見つめたまま、鉛筆を動かすふりをした。
だが、何も書けてはいなかった。
——逃げられない。
——今、大学という空間までもが、彼の“家”になった。
陽翔がそこで、まるで自分の弟などいないかのように言った。
「支配というのは、繰り返されると“安定”になる。
安心や依存と区別がつかなくなって、ついには“自分が望んだ”と錯覚する」
その言葉は講義のものではなかった。
ただの事実だった。
その日の講義後。
構内の自販機前で、悠翔は背後に視線を感じた。
振り返ると、少し離れたところに、ひとりの学生が立っていた。
薄い青のパーカーに、黒縁の眼鏡。
一見して目立たない、けれどその眼差しは、どこまでも正確に悠翔を見ていた。
蒼翔だった。
しかし、その姿はまるで“他人”だった。
まだ、名前は名乗らない。
ただ、その目だけが語っていた。
「そっち、そろそろ壊れるだろ」